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東洋文庫 辛亥革命100周年記念展示

東洋文庫で辛亥革命100周年記念展示ををみてきました。

展示品はそのほとんどが宮崎家所蔵の品。
宮崎家といえば、宮崎滔天(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E6%BB%94%E5%A4%A9)が有名で、将に彼と辛亥革命の立役者たち所縁の品々でした。

ちょっと前までジャッキー・チェンが主役をしていた「1991」という映画がありました。
ジャッキーが扮した黄興の書とか、孫文との筆談の残稿、蒋介石の手紙、毛沢東の手紙などが展示してありました。

この時期の宮崎家は宮崎滔天と宮崎竜介の代ですが、宮崎竜介は柳原白蓮との結婚が有名だと思います。
(ご興味のある方は林真理子の「白蓮れんれん」をお読みください)
私は「白蓮れんれん」を読んだのが先立ったので、竜介のお父さんの宮崎滔天か・・・という印象がありました。

それはさておき、清末の有名人蒋介石・李大・毛沢東・孫文の直筆が見られましたが、それぞれに特徴的でした。
先ず、蒋介石。
かれは非常に繊細な文字でした。綺麗な楷書で「明朝体」という感じ。
文字からみると、ちょっと神経質そうな印象でした。

李大は、すごく力強い文字でした。伸びやかでおおらかな感じ。

そして毛沢東。
彼は少し丸っこい字のように見えました。
男手としては角々しくなく、やわらかい印象を受けました。

また孫文と宮崎滔天の筆談は紙を自分達の目の前に横に置き、両側からお互い書いていたことが伺えます。
こう言うのをみると、その場が想像されて面白かった。

ちょうどこの展示がやっているのをこちらのブログ(http://ancientchina.blog74.fc2.com/blog-entry-427.html)で知り、行ってみました。
東洋文庫は古中様が紹介されているように、本好きにとっては、たまらない展示品が多かったです。

これ以外に面白かったのは史記の原本の展示。
かつて習った「ヲコト点」(字の周りに点などの符号をつけることによって、その符号の位置で助詞や助動詞など訓読の補助にする。)も書いてあるので、「このように読んだのか」と想像をめぐらすことが出来ます。
また、ここの学芸員さんが良い仕事をしていて、展示品についている説明文が非常に分かりやすく、私のような素人にも興味をもってみられるように工夫がしてあります。
しかも分かりやすい。
案内をしてくれるのも、学生さんなのかな・・・。とても親切で良かったです。

施設も綺麗で、四庫全書のレプリカが展示してあるところは吹き抜けで書棚があり、壮観でした。
こう言うところの仕事がしたかった・・・。
大学生のときは司書になるのが夢でしたから。

そんなことを思いつつ、たっぷり1時間以上(そんなに広くは無いですが)参観できました。

写真が撮れたので、また後日アップします。



広がる新訳 現代の感覚(海外児童文学)

12月5日の日経夕刊の文化欄に海外の児童文学における新訳の流れについて記事がありました。
最近の新訳の流れは児童文学についても例外ではなかったようです。

印象的だったのは過去の翻訳の考え方について

「当時は子供の読むものなので多少の改変は良いと考えていたのだろう。翻訳の考え方が今とは違う」

という文言があったことです。

大きく変えた点について、言葉の位相の変化に対応したり(昔よりは男女の言葉の違いが薄れている)リズムを大切にして読みやすくしたり、当時はそのまま書いては理解されにくかった固有名詞をカタカナ語(「おやつのパン」を「マフィンのままにする)にしたりしたそうです。
その本が日本に入ってきた当時と比べて日本語も生活も大きく変ってきて、それに対応したものであることが分かります。
たしかに、私が小さいころ読んだもので、女の子が「~よくってよ」などと言っているのを読んで、どこの世界の言葉だろう、と思った記憶がありますし、今でも翻訳が変れば、もっともっと読まれるようになるのになぁ、と思うことがありますので、これは私の独りよがりではなく、この仕事に携わる誰もが思っていたことだったのでしょう。

また子供に手にとって貰うために装丁にも変化がありました。
挿絵を漫画家が書き、大人が考える海外の名作とはイメージを一新しているそうです。

「新訳が広がる背景には、児童書の市場が縮小していることもありそうだ」

子供の絶対数が減りつつある中、過去のものに新しい息吹を吹き込み、新しい文学として改めて光を当てるという意味があるのだと思います。
それは大人が読む文学の「新訳」という流れと何ら変るところはないと思えます。

私は読書家ではないので、そんなに沢山の作品を読んだわけではないですが、自分が勝手に考える名作の定義は、自分の立場が変わっても、時がたってもその作品の魅力が色あせない、ということがあります。
若いときはその作品の中の若者に共感し、年をとったらその時の自分の年齢に近い登場人物に気持ちをこめることができるのが名作なんじゃないかな、と思っています。
ですから、いつの時代に読んでも何か感じることが出来る名作が読み継がれていくのは大事なことだと思います。そのための「新訳」の流れだとしたら、非常に良いことだと思います。

私が今「新訳」で刊行された作品を読んでも子供であった当時の気持ちにはならないでしょう。
村岡花子さんの訳(例えば「赤毛のアン」)が私の記憶にあるように、「新訳」がこれからの子供の記憶に残っていくことだろうと思います。
でも、印象や受け取る側が変わっても、作品の本質自体が変化するわけでは無いと思います。
読み継がれることに意味があって、そうやって作品が読み継がれていくのだなぁと思うと翻訳の仕事は意義あるものなのだなぁ、と思います。



欧米古典詩 新訳に新味(日経11/12 文化欄)

11月12日の日本経済新聞 文化面に『欧米古典詩 新訳に新味』という記事がありました。
翻訳に興味があるので、これまでも「新訳」というテーマで書いました。

★ 魯迅の新訳 (http://piaopeng.blog48.fc2.com/blog-entry-314.html)
★ これもブームなんでしょうか (http://piaopeng.blog48.fc2.com/blog-entry-203.html)
★ 役書で味わう名著 (http://piaopeng.blog48.fc2.com/blog-entry-198.html)
★ 新訳 (http://piaopeng.blog48.fc2.com/blog-entry-9.html)

今回は「詩」ですが、特徴は

●違和感をなくす。
「一般読者が普通の詩集として読んで違和感がないものを目指した」
●原文に忠実にする
「余分な言葉を加えず、むしろ削っていくことでオリジナルに近いものにしてゆく」

あとは言葉のリズム感・・・これは小説でも大切でしょうけど、詩だったらなおさらでしょう。

それらを大切にして新訳を進めた結果、日本語文学にも良い影響を与えると記事は結んでいました。
翻訳の作業だとなおさら日本語の美しさだとかを再認識する契機になる、と書かれていました。
たしかに、改めて訳するときに以前訳されたものは意識すると思います。
そこでより現代的で今の読者に合う日本語や文体が選ばれるんだと思います。
たしかに名著と言われるものはいろんな人がその世界観を出そうと考え、翻訳が沢山出ていますし。
もともとからある自然なながれかもしれません。

私も最近、翻訳を勉強しなおしていて思うんですけど、翻訳にも流行があるなぁ、と考えます。
10年くらい前、同じところで習っていたときは、日本語訳はどちらかといったら正確さを求められました。
でも、今は正確さもさることながらどちらか言ったら読みやすさを重視されている気がします。
リライトでは、大胆な修正をして(もちろん意味が変るようなことはいけませんが)と言われます。
文章は読ませてナンボ、というような。
講師は当時と違う人ですが、翻訳会社が主催している講座なので現場で求められることをある程度取り入れているのではないかと思いますので、これも時代の流れなのかなぁと受け入れています。

最後に日経の記事は非常に綺麗にまとめていました。

「優れた翻訳を通じ、古典が同年代の『現代文学』になることもある。過去の名著は残す必要があるが、現代の状況を踏まえた新たな訳を世に問う意義はあるだろう」

私は・・・これは完全に妄想の域なんですけど、今ほどには外国語に接しなれていない人が乏しい辞書の中で一生懸命に考えた訳は今から見れば古臭いかもしれませんけれど、当時の最先端であったことは間違いないので、そのことが軽んじられるようなことにはならないで欲しいなぁと今は思います。



史鉄生逝世了

非常有名的中国当代文学者史铁生,2010年最后一天逝世了。

http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010123101000385.html

我的书架里有一本书,那是"史铁生自选集"

史先生说;这是不是说天堂不能成立?
是不是说走向天堂是一种欺骗?
我想,物质性天堂注定难为,而精神的天堂恰于走向中成立,永远的限制是其永远成立的依据.
形象地说:设若你果真到了天堂,然后呢?然后无所眺望都证明到达地并圆满,而你若永远地走向它,
你便随时都在它的光照之中。

我想他正在开始永远地走向天堂,他肯定走在天堂的光照之中那条路。



高行健のインタビュー

今日、仕事で荷造りをしていました。
緩衝材代わりに新聞紙を丸めて入れようとしたところ、「高行健」の文字が。
華人最初のノーベル文学賞受賞者(2000年)の高行健のインタビュー記事でした。
(朝日新聞 10月7日)

高行健は1987年にドイツに招かれ1989年の天安門をパリで知ったそうです。
その後、中国に帰ることをせず、そのままパリにとどまり1997年にフランス国籍をとりました。
最初に「華人」と言ったのはそういう意味です。
中国人(大陸)のノーベル賞は今年の平和賞が最初です。

このインタビューを読むと、今回の劉暁波氏とは逆の行動を取りました。
劉氏も外国にいたのですが、事件をしるや中国に帰りそのまま運動に参加します。
二人の行動の差はどこから来るのかということが気になるところですが、高行健に限って言えば、先日、京都に行ったときに聞いた、王蒙の言葉を思い出します。

中国では文学は啓蒙の手段とされることもあるのですが、王蒙も高行健もそのことを明確に否定しています。
このインタビュー内でこう応えています。

『文学は世界を変えることはできないし、世界を救うこともできません。文学は作家個人の声でしかありえず、世界を変えられると考えるのは妄想です』

私はこの言葉に絶望に似たものを感じました。
しかし、反面、自分の書いた作品の力を非常に信じています。

『中国の人も香港や台湾に行けば、私の作品を読むことができます。『霊山』は37種類の言語に翻訳されていますし。優れた文学は時代や歴史をこえて、どんな逆行にあっても生命力を保ち続けると思います。いま読めるか読めないかと言うことなど、たいした問題ではありません』

「取材を終えて」ということでインタビューアーが一文を寄せています。
「中国の亡命作家の中では穏健派と言える」と書いていますが、発言をしないからと言って「穏健派」かどうかは分かりません。
パリにあって、「中国で暮らした人生は終わりました。」と言う言葉自体が、それを物語っているように思うのです。

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