巴金全集

皆様 こんにちは
今週末は本当に暖かく。。。いよいよ春本番ですね。
さすがに天気がいいとアクセス数が伸びません。
そりゃ、こんなに天気が良いと家でPCに向かっているより、外でリフレッシュしたほうがいいと・・・私はこのようにPCに向かっておりますが・・・(笑)

今日のお題は「巴金全集」
とうとう購入してしまいました。
以前の魯迅全集はたまたま本屋さんに行ったところ、ほとんどロハで手に入れたワタクシですが。
今回はちゃーんと購入しました・・・といっても破格で♪
どれくらい破格かは・・・内緒。

一昨日届いたのですが、全部で26冊。
魯迅全集のように背表紙に納められている作品が書かれているわけではありません。
そっけない装丁なので、まずはノートにどの本にどの作品が収められているかを書き出すことからはじめました。
激流三部作・愛情三部作・憩園・第四病室・・・などといった主だった作品は勿論、エッセイ、日記も収められています。
目次を見ながら「家」という文字を見つけようものならノートにも書き出しました。

興味を覚えたのは第6冊収められた「愛情三部作」の序。
この部分にも「底」と言う文字と「的」という文字について書いています。
これは『家』と共通する部分かと思います。
それから、第13冊の「短筒」、第20冊「談自己創作」にも『家』について書いています。
これらも少しづつ読んでいけたらなぁと思っています。
読み出すときりがなくて自分の目的と期限を忘れてしまいそうになります。
魯迅全集は手にとって見たもののやはり余り興味は覚えなかったのですが、今回の全集は新しい発見が沢山ありそうです。

何と言っても私が巴金を好きな理由はこの全集の序、一番初めの一句にあります。

『我是一个充满矛盾的人』
(私は矛盾に満ちた人間である)

私は以前の自分と今の自分、そして将来の自分について「矛盾」ということを、あまり考えていないような気がします。
そのとき、そのとき、自分の気持ちを正当化してそれの積み重ねをしている気がすご~くするんです。
勿論、作家というのは作品を発表したら後々まで残るので自分の過ちに対してのがれることが出来ないということもあると思いますが、自分の過去について率直に「矛盾に満ちている」と言える人って、あまりいないんじゃないかと思うんですよね。
他人のことはいくらでも糾弾できますが、自分の事となるとどうなんだろう・・・と。

そういう意味で、この人は一体どんな人なんだろう、と思うのです。
うちの御大は2年前、巴金がなくなった際に新聞に文章を寄せております。
そのコピーを、私が巴金をやりたいといったときに下さったのですが、そこにはこう書かれてありました。

世界的名声のある、しかも一世代も年上の学国の作家を"さん"づけで呼ぶなどおこの沙汰だとは承知しながら、この際はどうしてもそうしたい。

御大が"さん"付けで呼びたかった巴金という人。
私に「巴金はえらくなりすぎた」とおっしゃった方もいて、文章でしか接することの出来ない「巴金」と実際に接した「巴金さん」との差異はどこにあるのかなぁ。
自分の勉強の素材とは全く異なってしまうけれど、そういうことも勉強とは別に見てみたいものです。

そして全集を見てずっこけてしまったことがひとつ。
以前、大学の図書館で借りて必死にコンビニでコピーをした「序跋集」。
ちゃ~んと収められているではないですか。
「書信集」もね。

・・・私のこれまでの苦労は一体・・・。
御大は「金惜しみと骨惜しみをするな」と確かに私におっしゃいましたが・・・orz
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