スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

巴金書信集

皆様 こんばんは。
お休みも終わっちゃいましたね。
今週もいいお休みでした。
中村がドラゴンズの帽子をかぶったことがいまひとつ納得できませんが。

今週は引き続き『家』を読んでいました。
ふと思い立って

関干《家》(十版代序)-給我的表哥(1937年)

をもう一度読んでみました。
私はこの文章を読んで、『家』の書き換えについて調べようと思い立ち・・・改めて読んだら何か発見があるかなぁ、と思って。
あわせて初版の代序にもこの作品にこめる作者の思いが書かれています。

そうすると、今まで気がつかなかったほうがどうかしていたと思うのですが、タイトルにもなっている「我的表哥」。。。これって、どんな人かなぁ、とか。
ほかの版の序にも関心がありますが、翻訳されたときには外国の読者に対して作者はどんな意思表示をしているのか、とか。
あとは、プライベートでははこの作品について、どのように書いていたのだろうとか・・・妄想が走り出したらとまらない。

で、これまた久しぶりに取り出してみました。

《巴金書信集》(人民文学出版社 1991年)

そうしたら、しょっぱなから《家》をロシア語に翻訳した訳者にあてた手紙が収められていました。それらを付箋しながら見ておりました。

いつの間にやら脱線もしましたけど。

以前、学習会で教材とした李健吾(劇作家)や井上靖の名前を見つけては喜んでおりました。
だって李健吾なんて、たまたまあのときに学習会に出席していなければ、軽くスルーしていたでしょうから・・・。
そんな風に横道にそれていたら、いつの間にか時間だけがどんどん過ぎてしまい・・・危ない、危ない(笑)
気を取り直して、ただひたすら「家」の一文字を求めて、ざっと目を通しました。
(書いてあったところを仔細には見ていませんが)

う~ん・・・初版1933年と1937年の差異がキモのような気がしてきました。
たとえば、現代中国語の表記などについてもみるんだったら、もっと最近の版で比較するのがいいんだろうなぁ。
でも、そのことを問題視しないのであったら、語法の影響を受けていない版を問題にしたほうがいいのかな。
手元にある1954年のものは・・・たとえば「~の」を「的」ではなく「底」・・・つまり初版と同じ表記なのです。
1957年以降のものは「底」が「的」に直したと本人が書いていますから、それ以降は語法をメインに直したのかも。

御大に質問表を出したほうがいいのかなぁ
見当はずれだたったら、また差し戻しにあうんでしょうけど(笑)
資料室で巴金の全集がみたいし。
春になったら学校に行きたいです。
(仕事、休めるように調整しないと)

では皆様、月曜日からお仕事の方、今週もがんばりましょうね。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
★sachiさん

いや~・・・通信は大学から離れているし、それぞれ勉強に集中できない理由があると思うので、先生方は基本的に「放置」です。
良くも悪くも自分次第ってわけで・・・。
だから、こっちの事情によって対応を変えたりはしませんねぇ。
御大も私のことを覚えてくださっているかどうか(笑)

でも、厳しい御大のご指導は私には合っていると思ってます。
・・・・すご~~~く、怖いけどぉ~~~~・・・・
2007/02/27(火) 12:28 | URL | piaopeng #-[ 編集]
差し戻し・・・
「見当はずれだたったら、また差し戻しにあう」

はああ・・・すごいなぁ・・・・
そこまでしてもめげないやる気がある、と認めるからこその厳しさでらっしゃるんでしょうねぇ(しみじみ

最近、人の厳しさ=優しさであることを実感する私です
...( = =) トオイメ
2007/02/26(月) 21:37 | URL | sachi #JyN/eAqk[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

piaopeng

Author:piaopeng

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
カテゴリー
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最近の記事
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。