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欧陽修の洛陽牡丹記

皆様 こんばんは。
今日は節分。日がだんだん長くなり。
夜明けが早くなってくると、しみじみ「明けない夜は無いよなぁ」と(いや・・・太陽は毎日、東から昇るという意味ではなく・・・)しみじみ思い。
挙句の果てが。
「世の中、捨てたもんじゃないよなぁ」とか。
「今日もきっといいことがありそうだ」などと思って上機嫌。

だって、日差しが明るいんですもの。
でも夏至を過ぎだんだん気温が上がってくると・・・希望も解ける
(↑暑いのも寒いのも嫌い)

でね。
今日は中国語の日で、復習の追い込みをしてレッスンに参加してきました。
で、帰ってきてくつろぎつつ冬のスクーリングでやった「洛陽牡丹記」をめくっておりました。
講義でメモしたことや訳を参照しつつ、読むともなしに読んでおりましたところ。

あれ?・・・と思うところが。

この牡丹記は洛陽で咲く牡丹がどんなにすばらしいかを欧陽脩が書いたものです。
この手の文章は学術的なものではなく、単に作者である欧陽脩の好みで書いたものだそうです。
「へ~・・・そうなのね~・・・」などと思って、気楽に見直しておりました。

欧陽修いわく。
牡丹はそこらじゅうで咲くけれど、洛陽のものが天下一品!
だそうです。

で、欧陽修は洛陽で4回の春を過ごしたそうです。
1回目は天聖9年3月。
洛陽に入ったものの春はもう遅く、牡丹の季節には遅かったということで、遅い牡丹しか見られなかった。
次は旅行にいっていて、洛陽にいなかったので見られなかった。
次の年は妻の死を悼んでいて見なかった。
その次は、春まだ浅いうちに洛陽を離れることになったので見られなかった。

・・・つまり。

欧陽脩は洛陽の牡丹をまともに見たことが無かったのね・・・。


・・・何を見て天下一品と評したのでしょう・・・・。

欧陽脩はこんな人。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E9%99%BD%E4%BF%AE



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