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標点符号について

時務報と清議報の標点符号についての発表を聞いて。

時務報(1896.8.9~1898.8.8)中国で創刊
戊戌の政変勃発後日本に亡命(梁啓超)
清議報(1898.12.23~1901.12.21)日本で創刊

この間の清議報と時務報の文体の違いについての調査。
日本に渡ったことで日本の標点符号に影響を受けたのではないか、ということと黄遵憲から厳復への提案が変化をもたらしたのではないかということ。
「至严复函」(1902年)

発表を聞いての感想

中国から日本に渡るまでの期間が短いので、清議報の前半と後半での文体の違いだけを見ても良かったのではなかったか。
1918年、新青年で銭元同が「句读符号」について書いているが、その文章に影響は無かったか。

作品の比較について興味があるので、どれをターゲットにしてみるのか、自分の中で精査する。
巴金の比較については、焦点が自分の中で定まらなかったので、結果的に空中分解して最後まで出来なかった点を反省したい。

春暁について比較した発表を見たときは、限定して「花」と「鳥」だけを見ていたのを参考にしたい。
自分の中で焦点がはっきりしていないと、散漫になる。

以上、覚書。
将来、巴金の比較に使える材料と参考にする。

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