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遥かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス


『遥かなるケンブリッジ 一数学者のイギリス』(新潮文庫 藤原正彦/著)

タイトルにもあるとおり、数学者の留学記です。
留学と言っても学生の留学ではないので「武者修行」というのが正しいのでしょうか。
実績を積んだ研究者がイギリスはケンブリッジ大学に「道場破り」行くような、そんな印象を受けました。
なぜなら、「日本人たるものイギリスに舐められてたまるか」という気負いのようなものが作品のそこかしこににじみ出ているからです。

私はおそらく同時期に同じような立場で留学していた林望という書誌学者のエッセイを読んだことがありますが、
林望の描くイギリスの感じとはだいぶ違う印象を持ちました。

その理由を少し考えてみたのですが、林望は国文学(日本文学)が専門で藤原正彦が自然科学の数学が専門であったことも原因のひとつだと感じました。
あとは「学ぶ」と言う目的ではなかったこともあると思います。
私の周りには中国に留学したりした人もいますが、基本的に「学びに行く」という立場なので藤原さんとは同列で比較することは出来ません。

林望も家族連れで渡英しましたが、(程度には差がありますが)子供が学校に馴染めない、という経験を藤原さんと同様にしています。
やはり親の心が子育てにも表れるようで林望が担任の先生を信頼し細やかな交流を持って危機を乗り切ったのとは対照的に、藤原さんは息子さんにも「やられたらやり返せ」と厳しく接します。
そこにもやはり気負いが感じられました。

藤原さんのような人と自分とを一緒にするのはおこがましい限りですが、私も子育てしながら家族の都合に合わせて仕事を選んできたのですけれど、職場を変えるたびに「主婦だからって何も出来ないと思うなよ」と言うような、変に肩肘を張って暮らしていた時期がありました。
多分、これは自分の性格に拠るところも大きいと思うのですが、そういう時はなんとなく周りと上手くやれなかったり、頑張りすぎて空回りしたものです。
ただ、そういうときは自分自身「舐められないように」頭を使います。
年取ってからの「(若い者に)舐められないように」はちょっと迷惑な気がしますけど、若いときだったら許されるのではないでしょうか。

そんな「気負い」で凝り固まっていた藤原さんも日本に帰国するときには「(あえて言いますが)イギリス人」との別れを惜しみます。
そのときには当初あったような「気負い」は全く感じられませんでした。
1年前の単なる「イギリス人」ではなくなっていたように感じました。

このエッセイは「数学者」としての立場で書かれています。
職業としての数学者というのは、私などにはまるで縁のない世界のことではありますけど、すごく人間らしいところが率直に書かれているのが非常に親しみを感じられるところでした。
そして、いわゆる「文系」といわれる人たちは、こう言うのを多く著したりしていますけれど、「理系」と言われる人たちはあまり多くを語らないように思います。
そういう意味で読んでみてよかったと思える本でした。

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