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高行健のインタビュー

今日、仕事で荷造りをしていました。
緩衝材代わりに新聞紙を丸めて入れようとしたところ、「高行健」の文字が。
華人最初のノーベル文学賞受賞者(2000年)の高行健のインタビュー記事でした。
(朝日新聞 10月7日)

高行健は1987年にドイツに招かれ1989年の天安門をパリで知ったそうです。
その後、中国に帰ることをせず、そのままパリにとどまり1997年にフランス国籍をとりました。
最初に「華人」と言ったのはそういう意味です。
中国人(大陸)のノーベル賞は今年の平和賞が最初です。

このインタビューを読むと、今回の劉暁波氏とは逆の行動を取りました。
劉氏も外国にいたのですが、事件をしるや中国に帰りそのまま運動に参加します。
二人の行動の差はどこから来るのかということが気になるところですが、高行健に限って言えば、先日、京都に行ったときに聞いた、王蒙の言葉を思い出します。

中国では文学は啓蒙の手段とされることもあるのですが、王蒙も高行健もそのことを明確に否定しています。
このインタビュー内でこう応えています。

『文学は世界を変えることはできないし、世界を救うこともできません。文学は作家個人の声でしかありえず、世界を変えられると考えるのは妄想です』

私はこの言葉に絶望に似たものを感じました。
しかし、反面、自分の書いた作品の力を非常に信じています。

『中国の人も香港や台湾に行けば、私の作品を読むことができます。『霊山』は37種類の言語に翻訳されていますし。優れた文学は時代や歴史をこえて、どんな逆行にあっても生命力を保ち続けると思います。いま読めるか読めないかと言うことなど、たいした問題ではありません』

「取材を終えて」ということでインタビューアーが一文を寄せています。
「中国の亡命作家の中では穏健派と言える」と書いていますが、発言をしないからと言って「穏健派」かどうかは分かりません。
パリにあって、「中国で暮らした人生は終わりました。」と言う言葉自体が、それを物語っているように思うのです。

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