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子育てを振り返る。

あとひと月で中学も卒業。。。来月の今頃は卒業式です。
で、目出度く(?)義務教育を終えるわが子の子育てをすこし振り返ってみたいと思います。

《保育園》
3歳の誕生日に、てんかんによるひきつけをおこして当初入るはずだった保育園から入園拒否。
薬によるコントロールをするための検査入院等を経て、9月から新たな保育園に。
薬の影響からか、保育園でもお昼寝をしていることが多いといわれる。
(夜も良く寝た)
マイペースな性格はこのときから見られる。でも友達との関係もよく、先生にも恵まれた。
早生まれということもあるのか、上級生や同年の女の子によく世話を焼いてもらっていたようだ。
親も一番安心できた時期。

《小学校》
マイペースな性格はそのまま。頑固な面も見られる。
勉強に興味がなく、遊びが最優先。まいにち帰ってくるとランドセルを玄関において夕方まで出かけてしまう。
まぁ、男の子なのでこれくらい、と思って放置していた部分もある。
自分が楽しいと思うことに目が行ってしまうので、意識が散漫に思える。
ここでも友達関係は悪くない。いじめられたとか、そういうトラブルも無く卒業。
5年生までは問題らしい問題はなかった。
ただ、6年生のときの担任からは、「指導がなかなか難しかった。勉強にもうすこし興味を持たせられるように出来ればよかった」といわれる。
あわせて「友達として付き合うには非常に楽しい子だが・・・」とも言われた。
素直なところは長所であるが、人の言うことを真に受けることが多かった。
卒業文集に『勉強より遊び』と書いてあるのを見て少しびっくり。
キチンと勉強をしている子が言うのなら「名言」といえなくもないが・・・。

《中学校》
保育園のときから唯一続けていたサッカーを部活動でするか、そのままクラブチームに所属するかでかなり迷った様子。
結局クラブチームに入ることを選び、部活動は陸上をする。
(試合が部活動とかぶるので掛け持ちができない)いったん、そう決めたもののやはり陸上部は性に合わなかった様子。
途中でクラブチームを止め、中学のサッカー部に変わる。
このあたりから、なんとなく居場所が落ち着かない感じがするようになる。
塾もクラブ活動との両立に悩んで結局やめてしまう。
部活動はそのまま続けられたので良かったのだが、学校から帰ってくると疲れてそのまま寝てしまい、朝練のあとも授業中に寝ていることが多かったよう。
ただ、サッカーは嬉々として行っているし、友達関係も良く成績もキープできていたので様子を見ることにして一年を終える。
担任からはかなり厳しいことを言われていた様子。何か問題があると自分のせいにされる、とこぼすようになった。
2年生になるとますます部活に力を注ぐようになり、勉強はそっちのけ。
成績も下がり始めたので、個人指導の塾に行くことにした。あわせて私が少しづつ勉強をみる。
夏休みすぎくらいから反抗的な態度も見られるようになり、勉強にも身が入らない。
同じ塾の友達と自習室で遊んだりして親も対応に苦慮する。だんだんと学校を休みたいと言い出し始め、3年生の夏休み前まではひと月に2~3日は休むようになる。
朝も起きられないので、朝練も休みがち。2年の10月にサッカーの試合で骨を折ってしばらくサッカーから遠ざかったのも良くなかった。
勉強も学校も拒否するようになりこの時期が一番大変だった。
それでも、友達関係は悪くなく良い友達にも恵まれた。
彼が不登校にならなかったのは本人の性格もあるだろうが、友達によるところが大きい。
「旅」と称して自転車や徒歩で市外まで遠出をしたり生活そのものは楽しそうにしていた。
サッカー観戦に出たり、サッカーを媒体にして友達とつながっていた節がある。
でも3年生の夏が過ぎ、皆が受験勉強を始めると学校が息苦しいところになったようだ。
この時期にもかかわらず、勉強はすっかり投げてしまって、かといって遊ぶことも出来ないので(遊ぶ友達がいないから)ストレスがたまって行ったようだ。
すっかり自信をなくしてしまって進学しないなどと言うようになり、進路の話も出来ない状態。
・・・この状態は今も解消されたわけではない。
ただ、担任の先生の働きかけもあって、学校は休まなくなった。
進路が決まって私に余裕が出来たのか、彼の言っている事が少しは客観的に受け取ることが出来るようになった。
いろいろ生意気なことを言うが、結局、親に言えば何とかしてくれるだろうという甘えに過ぎない気がしてきた。
私も初めての子供で、なおかつ持病もあるので「体調が悪い」と言われれば必要以上に心配してしまったのも悪かったと思われる。

それから最大の反省点は私に我慢が足りなかったということと、一般論に終始して彼自身をみていなかったように思われる。
叱るときも「こう受け取って欲しい」という私の希望が先走りして、彼がどのように受け取るかということをあまりかんがえていなかった。
これからは親の働きかけもさることながら、彼自身が自分で学んでいかなければならない。
一歩はなれたところから子供を見て、彼の行動に一喜一憂しないようにしようと思う。
あとは家庭が彼の居場所にならなければならない。
これまでは否が応でも家から離れては生きていけなかったが、これからは本当の意味で精神的なよりどころとならなければ悪い意味で家から離れていってしまうことになる。
成長して家から出て行くのは大歓迎だが、家から逃げるようでは困るので。
そうして精神的に満たされれば、自然と自立できる気がする。
その点で親は急ぎすぎてもいけないと思う。
・・・と口で言えば月並みなことなのだが、月並みなことが本当に大事なこととして、ようやく実感できるようになった。
子育て15年目にしてようやくたどり着いた結論です。
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