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今後の進路

皆様 こんばんは。
気がついたら、8月ももうおしまい。
心配だらけの夏休みもおしまいです。
2学期は無事に学校に行ってくれることを願うばかり。
この夏休みは、子供とやたら話しをしただけでおしまいになってしまいました。
毎日2時間くらいは勉強に付き合いつつ、彼の心に溜まった気持ちを聞き。
親としての意見を言い。
将来について話し。
な~んか私自身の今後についても考えてしまいました

こういうことを誰かと話していると、いつも思うのは。
やっぱり拙いながらも中国語をツールにしてなにか出来ないかな、ということ。
小中学校で日本語のわからない児童・生徒たちがいて困っているとニュースで聞いたり。
病院に通うのに言語に問題があると聞いたり。
言語がネックになって不利益をこうむっていると言う話を聞いたりすると、なんとかお役に立てないかと思ってしまいます。
私程度の言語レベルではおこがましいかもしれませんが。
そこでいつも問題になるのが生活との折り合い。
これで行くんだ!!という勇気がでればいいんですけど。
でも、あまり迷っている時間ももう無いのですが。
凡人の私は「40にして惑わず」という心境には程遠くって、自分で自分にうんざりしています。

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コメント
★アマサイ様
お久しぶりです。コメント有難うございました。

「四十になると惑うことが多いので心して歩め」

そうですね。
人生も折り返し点だと思うと、いろいろと考えてしまいます。
あの時代よりも情報量も選択肢も増えた分、迷いも多いかもしれません。
数年後の子育て卒業後を考えるとますますぞっとしますね。
最良の選択どころか、燃え尽きるのではないかと(笑)
2008/09/03(水) 19:21 | URL | piaopeng #-[ 編集]
こんにちは。「四十にして惑わず」というのは「それまでの鍛錬が行き届いていたならば惑うことはない」ではなく「四十になると惑うことが多いので心して歩め」という教訓であると聞いたことがあります。さくっと検索してもその説を押している人がいるので、当たらずとも遠からじではないでしょうか。
http://home.owari.ne.jp/~shiva/part04/koushi4.html
孔子様はめちゃくちゃ惑ったに違いない。でないと「論語」なんて書けますまい。
その話を聞いたのは20代前半だと思いますが、そのころは自分が四十になるとは努々思わなかったっす(^_^;)。
現代は孔子のころより数倍情報量が多いのですから、大いに惑い、最良の選択をしたいものです。
2008/09/03(水) 17:03 | URL | アマサイ #ulYx6Mu6[ 編集]
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