6月4日

みなさま こんばんは。
昨日は6月4日。
中国では第2次天安門事件が起こった日です。
当時私は大学2回生(年齢がばればれですね)。
初めて中国にわたったのがその年でした。
中国に行った理由は。
語学を勉強したかったわけではなく。
ただ、大陸というものが見てみたかったから。
日本では見られない、平らな大地がみてみたいと思ったからでした。

だから大陸に行ければ、何でもよかったのです。
当時大学生で。
時間はあるが、お金がなかった私は。
どうせ同じくらいの金額がかかるのなら、少しでも長く滞在できるほうがいい、と思い。
旅行会社の短期留学に申し込みをました。
そのときに行ったのが当時の中央民族学院

そこで2ヶ月あまりをすごしたものの、始めっから勉強する気などさらさらなかった私は。
一言も話せないまま中国にわたり。
ほとんど成果も挙げないまま日本に帰ってくることになります。

思えばもったいないことをしたものです・・・。

でも、そこでの生活は今でも本当にいい思い出として残っています。
バスにどうしても乗れなくてテクテク歩いて帰ったこと。
郵便局で切手を買おうとしたけれど言葉が分からなくて、なかなか買えなかった事。
お店の服務員さんに「謝謝」の発音がきれいに出来るまで開放してもらえなかったこと。
ルームメートが油っこい食事でおなかを壊してしまったので、市場でみかんと焼き芋を買って帰ったこと。
(量り売りだと知らなかったので、山ほど持たされてびっくりしましたが、それを訂正するだけの語学力は持ち合わせていなかったのです)

2ヶ月のさまざまなことが私の大事な思い出です。
そしておこったこの事件。
ついこの間まで平穏だった同じ北京で起こったこととはとても信じられませんでした。

帰国後の7~8年、私の中で中国のことは忘れ去られたものでした。
就職したての私には、楽しいことがほかにたくさんあったのです。
程なく結婚し、出産。
その後、子供の病気が分かり。
現実の生活以外で何か出来ること・・・日々の生活とはまったく無関係なものが欲しくなりました。
そうでないと、現実に押しつぶされそうになっていたのかもしれません。
そのときに思い出したのが、あの北京での楽しい思い出でした。
あのときの私は。
怖いもの知らずで。
若気の至りとはいえ、頑張れば出来ないことなど何もないと思っていたとんでもない天狗でした。

でも、そのときの自分のことをやっぱり好きだったのかもしれません。
自然と「中国語をやろう」と思い、そこから私の中国語歴は始まりました。

天安門は中国史上、重要な事件であるだけでなく、私にとっても思い出深い事件です。
その後、北京夢華録という書物で、事件のことを改めて知りました。

6月4日は私にとってそういう日なのです。


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コメント
★ jitenfetiさま

そのときは今よりもずっと無知で。
状況が何も分からなかったので、胡耀邦が総書記になるほど大物だと思わなかったと聞かされても実感がわきません。
勉強をしていて思うのは、あのころにもうちょっと知識があったら、いろんなことがもっとよく分かったのに、ということです。

・・・本当に残念です。
2007/06/06(水) 19:20 | URL | piaopeng #-[ 編集]
天安門事件が周恩来、六四が胡耀邦の追悼がもとでしたね。いずれも民衆に人気のあった政治家ですね。私は、胡耀邦が総書記になった時は、ちょっと驚きました。「中国共産党の三十年」という本の著者として知っていたからです。そういった本の著者は、そこそこの大物であっても、不思議でありませんが、総書記になるほどの大物とは思ってもみなかったからです。
2007/06/06(水) 07:28 | URL | jitenfeti #vk7Sntis[ 編集]
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