京都

2ヶ月ぶりに京都に行ってきましたので、街の様子などをお伝えしたいと思います。
朝は10時過ぎに京都駅に降り立ちました。
今回の目的は、前回の記事にしましたY先生の講義を聞くこと、図書館の本を返すこと、ご指導いただいている先生にご挨拶すること、が主な目的です。
午前中は学校で用事をすませ、13時の講義に間に合うように四条に戻り14時半まで講義、その後にお昼というちょっとハードな一日でした。

夕食に間に合うように名古屋まで戻ろうと思うと、17時までには新幹線に乗らないといけません。
新幹線までの時間に夕飯になりそうなものを見繕いながら街歩きをすることにしました。

四条まででたらどうしたって祇園あたりまでは歩いてみたくなります。
私は街育ちですので、街の賑わいというものが好きです。
四条から祇園までの表通りには「京都ならでは」のものを売る店が軒を連ねています。
そういったお店を「ちらっ、ちらっ」と覗きながら歩くと、四条河原町に出て、阪急百貨店があるはず・・・
なんですが、阪急デパートは閉店していました。
名古屋でも名古屋駅前の松坂屋の閉店が記憶に新しいところなのですが、それにしても驚きました。

それからしばらくすると賀茂川にたどり着き、右手に南座(http://www.shochiku.co.jp/play/minamiza/)が現れます。
南座の前の看板を見ると12月にオーケストラコンサートが開かれるようです。
名古屋で言ったら御園座でオーケストラを聴くようなものです。
面白い趣向だなと思いながら、南座の前を通り過ぎました。

南座あたりでUターンして、途中、錦小路に入りました。
お昼ごはんは錦市場の冨美屋というお店で「しっぽくうどん」を食べたのですが、そこでお持ち帰りのおうどんを売っていたので、それを買うために、冨美屋までのお店を冷やかして歩きました。
お野菜とか、お漬物とかお魚とかいろいろなものが売っていました。
道が狭いので年の瀬は大変だろうと思います。あまり時間も無かったので、そこから京都駅へ。
新幹線のコンコースで「いづう」の鯖寿司と息子の大好きな「生八橋」を買って帰りました。
その日は京都のおいしいもので夕食で満足しました。

前回は7月で暑くて大変でした。
でも、祇園祭りなどがあったためか京都の街は人でいっぱいでした。
今回は紅葉の前だからか、少し観光客も少なめで落ち着いていました。


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なぜそんなことが起こったのか「布礼」(王蒙)

今日は夏休み3日目。うちの会社は7月から9月の間に3日間休みが取れるようになっているので、最後の一日を今日とりました。
無理に合わせた訳ではないんですけど、どうせならってことで、京都に行ってきました。

目的① 四条センターで行われているY先生の講義を聞くこと。
目的② 日ごろお世話になっている先生にご挨拶とお礼。
目的③ 図書館の本を返す。

そういうわけで、朝から京都に行ってました。

今回の講義は王蒙が1979年に雑誌『当代』に発表した
《布礼》(邦訳:ボルの敬礼を)についてです。
この作品が発表された1979年は文革終了直後で、開放から文革終了にいたるまでの内省の作品です。

最初は開放直前の、まだ地下組織であった共産党のありさまです。
地下にあった党員は「布礼」の一言で心がつながることができた、といいます。
それが反右派闘争、文革を経て、良くも悪くも党員は試されることになります。
しかしそれらの障害を乗り越えたとき、再び「布礼」という言葉で心を通わせることができるようになった・・・・と、要約すればそういう作品です。

「なぜこんなことが起こったのか」・・・つまり、反右派闘争や文革、そのときの個人の身の処し方(思想改造など)はどうして起こってしまったのか、という王蒙に対するY先生の問いかけです。
それにたいして王蒙は作品の中で「こうするより仕方なかった」という答えをだし、最終的には共産党の政治は正しいと言っています。

いろいろと背景を知ると王蒙という人は非常に現実的な人だと思います。
彼自身、1956年に『組織部に若者がやってきた』という作品で理想と現実の差を表に出してみたところ、反右派分子として労働改造をする羽目になりました。
(「羽目になった」という表現が正しいかどうかは分かりませんが)
そういう経験をしているから、最終的には結論を〈正しい党〉というところに落としどころを持っていった・・・と言うようにも見えます。

今回、Y先生の目を通して王蒙の「布礼」を総括すると、

①毛沢東時代への内省
②被害者の視点
③民衆の不在
④永遠に「正しい党」という神話に下駄を預けた責任放棄

・・・ということになるそうです。
この時代に書かれた作品の「限界」であるとも言っていました。
しかし、その後10年で内省をすることもできなくなりました。
第2次天安門があったからです。

王蒙は巴金より年が30ばかり若いですが、いろいろと比較すると巴金を知る手がかりも見えてきそうです。


本が届きました

昨日書きました送本サービスですが、今朝、本が届きました。
大学専用のビニール製の宅配袋に本が三冊。
緩衝材に包まれて送られてきました。

今朝は雨模様で雷が鳴ったりしています。
ベランダが水でびしょぬれなので、水浸しついでにベランダをスポンジでこすったり、窓も網戸も綺麗にしました。
もうさっきほどには降らないでしょうし、屋根もあることですからこのまま自然に乾くでしょう。
そろそろ少しづつ大掃除をしようとおもいます。
窓を開けて作業をしても、それほど寒くなくて天気も良い、となると11月くらいまででしょう。

本の返却期限も1ヶ月ですから、掃除と平行して進めようとおもいます。
朝、身体を動かしてその後にのんびり本を読む。
今日から開始です。

図書館から本を取り寄せる

1950年前後の中国の文学や社会事情を知ることのできる本を探しています。
本探しにはWebcat Plus(http://webcatplus.nii.ac.jp/)。
キーワードを入力して検索されてきたものから、目的に合致しそうなものを絞り込みます。
本を決めるとどこの図書館にあるかが表示されるので、近くの図書館にないか見てみるのですが、
私が気軽に行けるところにはなかなかありません。
結局、遠くても大学の図書館にお願いすることになります。

大学の図書館では、申し込むと着払いで本を送ってくれます。
結構、長期間借りられるのが便利です。
以前、Y先生に「図書館の本は皆が見るので、長々と借りられては迷惑だ。必要な本は自分で買いなさい」と言われたことがあります。
でも中には高いものもありますし、必要な部分はほんの一部と言う場合もありますので、やっぱり図書館のサービスは便利です。

まだ学費も入れてないし、学生証もきていないのにどうかとも思ったのですが、とりあえず大学に復学の手続きを進めているところなので、久しぶりに図書館のサービスを使いました。

目的の本を3冊ばかり「送本申込書」に記入してFAX。
昨晩、送ったのですが一日たっても音沙汰はありません。
このサービスを使うのは初めてではないのですが、前回は1年くらい前のこと。
そのときにFAXを受け取ったという返事がもらえたのかも思い出せません。

申込書には連絡先ももちろん書いてありますので、何か不都合があれば知らせてくれるでしょう。
連絡がないと言うことは無事に受理されたと信じて、本が送られてくるのを待つことにします。

久しぶりにおちついて

まだまだ暑い日が続きます。
午前中はエアコンも入れずにいられたのですが、正午の声を聞いたら我慢できずにクーラーをON

今日は中国語が急にお休みで一日どうしようかと思っていました。
ホームベーカリーを買ったので、母に差し入れに行こうかなと考えたりしていたのですが、両親が休みの日に突然つかまるわけもないので、データ集めをしていました。

平日にもちまちまとやっているのですが、できるときにやるという感じで、落ち着いて取り掛かるのは久しぶりです。
初版と最新版との比較は本当に大変でした。
違うところがありすぎて、どこからどこまでが区切りなのか、途方にくれるありさま。
でも、今回の比較は違う場所が明確なので、やっていて比較的楽です。

見ていると削除されている部分が多いです。
何文字か、のレベルから、何行、と言うレベルまで。
それが何を意味するかまだピンと来ませんが、ある程度たまってきたときに改めてみたら分かるかもしれません。
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