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開明書店版 家

今週のお休みに発掘作業などをしていましたが、論文の参考文献から興味本位で家の初版を探していました。
正直、手に入れてどうしようとかそういうことはあまり考えていなかったのですが、
鶴本書店(http://turumoto.koshoten.net/catalog/index.php)にたどり着き。
ある《家》を見つけました。
てっきりそれが開明書店版だと思って問い合わせのMailをしたところ、目的のものではないという返事・・・でしたが、
返信のなかに、

『巴金選集(新文學選集第二期)家は収録されておりませんでしたが開明書店版 『家』の在庫がございました。
表紙背の傷み紙の変色など かなり傷んでおります。』

価格をみるとそんなに高額ではなかったので、これまた興味本位で購入しました。

てっきり開明書店版を定本としたものを収録した作品集の端本かと思っていたのですが、本当の本当に開明書店から発行されたものが送られてきて、ちょっと驚きです。
御大から開明書店版のコピーを見せてもらったとき、
「多分、もう手に入らないと思うから」と貸していただいた、といういきさつがあったので
開けてみた時にはドキドキしてしまいました。


厳密に言うと、御大のものは

『民国22年5月初版発行 27年1月修正1版発行』・・・とありました。

今回私が購入したのには

『民国26年5月発行 38年1月30版』・・・とありました。

表紙
奥付

もしかしたら貴重なものなのではないかしら・・・。
私が持っていてもいいのかしら・・・と思います。

本物というのは時代の空気まで今に伝えてくれます。
傷みもこれまでにどんな人の手を経てきたかと思うと感慨深いです。

そうそう、この本の本文1P目には書き込みがありました。
発音のような気がします。
いくつかあって全てを確認していませんが、
「脚」の横に「叫」があったり、「堆」の横に「対」と書かれています。
「杂」= 「托」と読めるところもあります。
発音だとしたら「扎」のことかもしれません。

昔の中国語の学習はピンインではなく同じ発音の文字でその漢字の発音を確認したと習ったことがあります。

1Pで終わっているところをみると・・・(笑)
我ながら面白い買物をしたものだと思います。
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発掘作業

この連休は風が強かったですが、天気は晴れ。
家の中にいるだけだったら本当に快適な連休です。
押入れの片付け、図書館などのデーターベースの確認を経て今日は家のプリント類をひっくり返しました。
以前、御大からコピーをさせてもらった《家》の初版と1954年版のファイルを引きずり出し、スクーリングなどで貰ったプリント類を書棚から引っ張り出し・・・。
一枚一枚使えそうなものはないかと確認しました。
そうしたら、2枚の掘り出し物を見つけました。

それは①中国新文学大系1927-1937・小説集七(上海文芸出版社)に収録されている《家》と②人民文学出版社が1953年に1版を出した《家》、そして③飯塚朗が翻訳した岩波書店発行の『家』の同場面を並べて印刷してありました。

そのプリントに印刷された奥付によると①は

《家》,原名《激流》,1931年4月18日至1932年5月22日在上海《时报》上连载。1933年5月上海开明书店初版,题名《家》。版本采用此版本。

というわけで初版本ということが出来ます。

翻訳は飯塚朗のあとがきによると、当初、初版を元に翻訳を始めたが、1953年6月に新版が出たので開明版(初版)で翻訳した部分に手を入れなければならなくなり、新旧版の参照を岡崎俊夫氏にお願いした(piopeng要約)と書いてありました。

たしかに講義で聞いたことがよみがえってきました。
新文学大系は大学の資料室にあることを確認しました。
さらに古本で端本はないかとも思ったのですが、目的のものは見当たりませんでした。
揃いは結構出ているし、端本でも別のものは見つかったんですけど。
結構場所をとりそうなのと値段の問題もあって今のところ揃いを手に入れるつもりはないので探索はここまで。

そういうわけで覚書をグーグルのノートブックにメモして、とりあえずキリをつけました。

巴金『家』論―鳴鳳の物語―

昨日、図書館やらCiNiiなどを閲覧していて見つけた論文を読みました。
本当に久しぶりの論文閲覧でしたので、興味深く読みました。

巴金『家』論―鳴鳳の物語―(河村昌子/著 お茶の水女子大学中国文学会報 第十三号収録)

内容は高家に雇われている小間使いの鳴鳳が自殺に向かうまでの心理をたどったもので、
ここでも版本研究が参考文献として挙げられていました。

家に関する版本比較は何人もの人が手がけられているようです。
この論文では参考文献として2本の論文をあげてあります。
特にそのうちの1本は大学の卒業論文資料として書かれたもので、未発表ながら多大な示唆を得るものであったと記されています。
その比較対象となったのが全集版の『家』と開明書店の初版の『家』を全編通して対照したものということでした。

前々からいろんな先生に言われていたとおり、『家』の版本比較というのは、かなりポピュラーな題材なようです。
だからと言ってそのこと自体は私にとってはあまり関係ありません。
内容がかぶるといっても、私が出来ることは多分に『自己満足』であるような気がしますし、実際、それでいいや、と言う気持ちです。
やり終えた後、自分が何を思うかはその時に考えればいいや、という無責任なことが言えるのは私のような立場の者の特権であるように思えるからです。

休みがあるとすること

今日から3連休。今日はかなり暖かくなり「来週あたり桜の見ごろでは」という予報も現実味を増してきました。
ついこの間までは「まさかそんなに早くないでしょ?」という感じだったのですが。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものです。

でも、初日の今日は家で片付けの数々とお花見に備えていなりずしの予行練習(普段はあまり作らないので、本番で失敗しないため)、あとは9月の復学に向けての準備に取り掛かりました。

まずは家の片付け。
押入れの中に突っ込んであった子供が小さかったときのおもちゃとか、小さくなった洋服だとかが捨てられずにとってあったのですが、特に思い入れのある一部を除いて処分しました。
中でも多かったのが野球やサッカーの応援グッズ(笑)
メガホンはドラゴンズは言うに及ばず、ヤクルトのものまで出てきました。
相棒がヤクルトファンなので、出てきても不思議ではないのですが、いつの間に・・・という感じです。
おそらく子供にかこつけて購入したのではないかと思われます。
そんな父親の思惑にも負けず、ドラゴンズファンに育ってくれたことは同慶の至りです。
結局、川上のサインが印刷されているメガホンを残して、あとは処分。
(このあたりに母親の検閲が入ったことがうかがえます。ヤクルトのメガホンは旦那の物入に返却)
数ヶ月ぶりに押入れの中のものを出して湿気を飛ばしました。

そしてお花見弁当の予行練習。
これは我ながら良くできました。ただ、私はあまり繊細なほうではないので大きく作ってしまいます。
今回も揚げにご飯をきっちり詰め込んでしまい、2個も食べたらお腹一杯、というくらいのものが出来てしまいました。
子は「こんな大きいの見たことない」とか文句を言っていましたが、今も夜食につまんでいます。
出来合いのものよりも甘さ控えめのあっさり味になり、大きさの割には食べられるようで成功です。

そして大学に戻る準備として図書館の新規登録やら論文検索サイトを見たりしていました。
これまでの怠け具合が分かろうって物なのですが、いつの間にか大学の図書館のサイトが充実していました。
休学中で学生証を返却しているので、使えるのかどうか確かめていないのですが、いざというときに使いこなせるようにこまめに閲覧したいと思います。
それからCiNiiのサイトも久しぶりに閲覧して使い方を確認したりしました。
結果的に2年近く大学のほうは放置していたことになってしまったので、ぼちぼちと確認、確認。
ついでに四条にあるサテライトのセンターの講座を見ていたら、御大の講義が毎週行われていました。
しかし残念ながら毎週火曜日のお昼間の講義。
いくらなんでもこれを受講するのは無理なので、タイトルだけ見て楽しみました。

一旦遠ざけてしまったものを、また手元に戻すのはなかなか大変です。
でも改めて始めてみると新鮮な気持ちもしてきます。

卒業式

今日は息子の卒業式でした。
残念ながら雨。
その上寒い・・・。
着るものに困ってしまいました。
でもこの雨の中着物を着ていらっしゃる保護者の方もいらっしゃり・・・。
厳かに式は進みました。
・・・が。

貧血なのか倒れる生徒数名!!

公立入試が終わっていないので、体調管理が難しかったかなぁ・・・。
感動よりもそっちのほうに気が行ってしまいました。

でも、とにかく卒業しました。
子育てはまだまだ続きますが、とにかく一区切り。
今日は祝ってあげようと思います。

六四天安門から・・・

今週は日経でも中日新聞でも六四天安門関連の本が紹介されていました。
まずは日経。

『趙紫陽 極秘回想録』(河野純治:訳 光文社)

趙紫陽の回想録は何種類もあるのかな。
私が香港から取り寄せたのは『改革歴程』(新世紀出版)ですが、これの翻訳ではないと思います。
どちらにも鮑彤が編者となっていますが、『改革歴程』のほうは共著ではないし。
でも出元は同じように思えます。
鮑彤が趙紫陽のインタビューテープを元にしたものであるということで。
ちょっとそのあたりが調べきれていなくて申し訳ないのですが、この種の本で日本語になっているのは『趙紫陽 極秘回想録』だけのようです。
新世紀出版の『改革歴程』は香港で人気が出て、日本でもNHKが報道していましたが、台湾版もあります。
『國家的囚徒 - 趙紫陽的秘密録音 /歷史與現場 趙紫陽』(時報文化出版企業有限公司)
どちらも東方書店で購入できます。
日本語のほうはアマゾンでも。
原書が何か分からないなんて、我ながらどうかと思いますが、もしご存知の方がいたら教えていただけると助かります。

それから、中日新聞では

『天安門事件から「08憲章」へ』(劉暁波:著)

時々、こういうのがタイミングよく重なって書評が出るので、あれ?と思うことがあります。
アマゾンでもこの2冊は一緒に購入する人が多いらしく、片方を検索するともう片方も出ているといった具合です。
とりあえず、私的覚書。

打ちのめされるようなすごい本

今日は雨。冬に戻ったような天気でした。
今日は友達と会う約束をしていまして。
普通に家を出たのですが、事情があって、ちょっと待ち時間が出来てしまいました。
松阪屋のB1にある本屋さんをぶらぶら眺めていたところ、この本に出会いました。

『打ちのめされるようなすごい本』(文春文庫 米原万里:著)

私は彼女の「私の読書日記」を楽しみにしていました。
連載の最後のほうは病気のことが書かれていて、なんともいえない気持ちがしました。
私にとっては米原万里自身がかかれたものが「打ちのめされるようなすごい本」でしたが、
その彼女が読んだ「打ちのめされるようなすごい本」を見るのも興味深いものです。
著者がなくなって、もう4年近くが経ちますが、久しぶりにまた彼女の本に出合えてうれしく思いました。
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