高兴

皆様 こんにちは。
PCに向かう頻度が高くなればなるほど、ブログの更新も頻繁になります。
こんなに天気が良い日曜日だと言うのにどうしたことでしょう。
でも、こういう生活が嫌いではないのが問題なのです。
中国語漬けというには大げさですが、この生活はかなり好きです。
では、どうして問題か。
それは、確実に目と肩と腰に来るからです。
あとはコーヒーのがぶ飲みで胃・・・ですかね(笑)

今朝は中国語。
賈平凹の「高兴」を読み続けております。
同じ感情の言葉でも状況によって多彩に書き分けられているところは語学的に勉強になります。
作品としては登場人物の視点がそれぞれ独立していて、人のやり取りが陳腐じゃないので面白いです。
比較的、淡々と話が進んでいくし。
例えば恋人が死んだりとか・・・病気になったりとか・・・というのはきっかけとして分かりやすいけど。
(なんだか韓流ドラマみたい)
人生ってそんなにドラマチックなものではないし、何かのきっかけってあとから振り返って「あぁ、あのときがそうだったのね」と思うもので、その瞬間に「今だ!」と分かることは皆無ですから。
(・・・てか、もしそれが分かるなら悩みのほとんどが消えてると思う)

他の賈平凹の作品はどうかな。始めからこんな作風ではないと思うけど。
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日常

皆様 こんにちは。
GW明けの連休でございます。
私は家でせっせと翻訳にいそしんでいます。
先日パートナー殿とお話したところ、ある意味ボランティアであるこの作業について私の負担が大きいのではないのか?とご心配を頂きました。
実際、翻訳に掛けられる私の時間が限られていると言うこともあり、一部の作業を他の方にお願いすることになりました。
その分、スピードを上げないといけないのですが、それは致し方ないところでしょう。
そういうこともあってせっせと翻訳に励んでいるところであります。

傍から見たら非常にグウタラなお気楽生活で申し訳ないくらいです。
身体は大丈夫なのですが、精神的に落ち着かないというか。
いろんな事に区切りが付いたら勉強を再開したい気持ちはあるんですけどね。

子も「最近、何をしてても面白くない」と言っていましたけど、
「私も、とりあえず毎日暮らしてる」と応えました。
なんという親子だ。
こんなに天気がいい、初夏だというのに。

連休

皆様 こんにちは。
GWもあと2日と半分。家族全員暦どおりのお休みです。
子の体調はだいぶ元に戻ったようです。
昨日は知り合いの鰻屋さんへ行ってきたのですが、すっかり食欲も戻っていましたし。
お店は彼の小学校のお友達のお宅なのですが、
中3になったお互いを見て「変わったなぁ~」と言い合っていました(笑)
この時期の身体の成長を自分たちも実感したことでしょう。
何はともあれ、ニコニコ笑っている子供らを見ると、親と言うものは無条件で安心するものですな。
ずっとご機嫌、ということなんてありえないのですけど、できればずっと笑ってて欲しいというのは、
私だけではありますまい。

明日はこどもの日でした。
こどもの日、と言うには大きくなっちゃった気がするけれど、やっぱり子供は子供。

久しぶりに

みなさま こんばんは。
今日の名古屋はすっかり初夏。
2ヶ月ぶりに髪を切りに行ったのですが、動いていると汗ばむくらいでした。

名古屋の繁華街である栄で育った私は、行きつけの美容院も栄にあります。
当時からお世話になっているので、何かにつけ気兼ねがないということも理由の一つなんですけどね。
で、そこに行くには地下鉄に乗らなければいけません。
地下鉄で読む本を出るときに選んでて・・・久しぶりに『家』を持って出ました。

久しぶりに読むと、また違った感慨があります。
特に年頃の息子を持った身なれば、高家の長老の気持ちが自分と重なって見えたり。
古いものに抵抗する覚彗の台詞が胸にずきずききたり・・・。
自分って物分りのいい親のつもりだったけど、私の存在自体が子供にとってプレッシャーになっているのではないかと思ったり・・・。
我が家の親子関係についても考えてしまいました。
子供と付き合っていると、理性で覆い隠してきた自分の悪いところや思いもかけなかった考えが見えてきちゃったりして、すごく嫌です。
人間の二面性について考えちゃいます。

で、息子にとってはおそらく「体制側」である私なのですが。
覚彗が上海に旅立ったあとについて改めて思いをめぐらせてしまいました。
自分の子育てが比較的上手く行っていた時期と、子供の将来についても現実味が無かったときは、
覚彗のその後は非常に明るいものが想像されました。
古いものを捨て去り、前途洋々、と言うような。
子供にもそういう逞しさを求めていた節さえありました。
でも、今はちょっと違います。
新たに芽生えた気持ちは「不安」
「大丈夫か?おい」と言うような。
出来れば親の引いたレールの上を走ってほしい、と言う思いすらあります。

魯迅がイプセンの「人形の家」を踏まえて「ノラはその後どうなったか?」という論文を発表していますが、もし私が今「覚彗が上海に行ってどうなったか?」という文章を書くとしたら、多分「無難な道を選んだ方がいいよ。人生、そんなに甘くないぜ」という内容になると思います。
(魯迅も似たようなことを書いています)
でも、多分子離れをした後であったら、また、違った内容になると思います・・・ってか、思いたい(笑)

この余韻が名作を名作たらしめていると思います。
その時々の読者の変化をすっぽりと包み込む『家』が長く読み注がれているのは、こんなところに理由があるのかもしれません。
でも、この本をどう読むか、ということで自分の精神状態が示されると思うと、ちょっと怖いような(笑)

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