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最近の中国語勉強

みなさま

桜が咲きましたね。
今日の名古屋は曇り空で、寒くって。
一度暖かくなると寒さが身にしみますね。
多分、気温はそんなに低くないと思いますけどね~・・・一度、春を感じてしまった身体にはきついっすね。
息子に「花見にいこうよ~」と言ったら。
「サッカー部の試合だからだめ」・・・・へーへー、そうですか。

中国語は個人レッスンを頼んでるんですけどね。
自分で勉強の方針を決めてます。
いろいろ試行錯誤しております。
問題集をやってみたこともありましたが、画一的でいまひとつ。
今は中訳と日訳をやってます。
中訳は新聞記事。
意識的に前回やったものとは違う分野を取り上げるようにしています。
前回は国際ネタだったから、次の週は経済ネタと言うように。
日訳は今まで買い貯めた雑誌とか、本などから。
前回は以前読んだ本からとりましたが、今回は雑誌《当代》の文学賞の記事を訳しました。

ただ、自分で選ぶと知らず知らずのうちに読みやすいものを選びがち。
勉強になっているのかいないのか(笑)
その上、レッスン日の前日もしくは当日に超特急で訳して持っているのが続いていますので。
これまた勉強になっているのかいないのか。
でも、自己弁護のために言わせてもらいますと。
行っていないよりは絶対意識しているよな、中国語。

・・・なんて喜んでいる場合じゃない。
これでいいのか?アタシ


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チベット情勢

皆様 こんにちは。
雨の春分の日ですね。
現在、我が家のマンションは外壁のメンテナンス中。
今週からシートに包まれて部屋の中も薄暗くなっています。
雨が降ると余計静かなので、まったりと落ち着いた雰囲気です。
外観は良くないし、毎日家にいる人にとっては工事が終わるまで大変だと思うけど。
昼間家にいない私にとっては、ちょっと面白い状況です。

ところで、先週の土曜日。
朝刊を手に取ると、びっくり。
チベットで動乱が起こったと言うニュースが一面にありました。
私が驚いたのはチベットで動乱が起こったと言う事実よりも。
日本で報道されたと言うことでした。
私が知っている限り・・・といっても、ほんのここ数年のことですけれど。
チベットでの状況が報道されたことは記憶にありません。
私の印象では、チベットは中国にとって。
中国の一部であり、"统治"というよりは"管理"している地であるというスタンスを取っているように思えます。
ダライ・ラマは「中国の統治」という言い方をしているようです。
残念ながら、このニュースに関しては原語がどうなのか分かりません。
中国語の"統治"と日本語の"統治"の意味の差がどれほどかも、私にはいまひとつ実感ができませんが、中国語の"統治"と"管理"の違いはなんとなく分かります。
その辺が、双方の認識の差であろうかと思うのです。

あと、もうひとつ。
最近、開通した鉄道「青蔵鉄道」の影響もあるかもしれない、と感じます。
私は以前「チベット鉄道」と言う記事を書きました。
そのときは。

「人は人、自分は自分」と言う印象を持ちました。

ということを書いたのですが、そういう人ばかりではなかった、ということです。
外から入ってきたいろんなものが、そこに住む人の生活を変え。
価値観を変えてしまったことも原因のひとつであろうかと思いました。

今日は新たな情報として。
今回の動乱に関与したとされる人が当局に拘束されました。と報道されています。
死刑の可能性もある「国家安全危害罪」の適用もあるとのことです。
中国に限定されませんし。
暴力行為を肯定するものではありませんが。
国というものの怖さを感じざるを得ない事件だとおもいます。

中国幻影

皆様 こんにちは。
すっかり春らしくなりましたね。
Jリーグは開幕したし。オープン戦は始まったし。
明日は名古屋国際女子マラソンだし。
このマラソンは我が家の近くがコースなので毎年家族の誰かが見に行きます。
いつもこの時期は花粉症を原因とするくしゃみをしながらTV・もしくは現地で観戦。
自分の体調で春を実感しております。

で、今日の話題は本です。

『中国幻影 ひらいたパンドラの箱』
(吉田富夫/著 阿吽社)

ご縁あっていただいた本なのですが、いただいた日に一気に読んでしまいました。
久しぶりにハイスピードで読めました。
好きな本しか読んでいなかったときはこれくらいのペースだったよな。。。なんて思いながら(笑)
でも、そのあとじっくりと読んでいたら一週間かかっちゃいました。

この本は著者が京都新聞に16年間執筆してきたコラム〈現代の言葉〉をまとめたもので。
期間は1991年~2007年。
文学のこととしては、谢冰心や巴金・陸文夫・劉賓雁の死についてとか。
『胡風全集』の刊行についてとか。老舎のことなどですが。
大きくは政治情勢・・・そして身近な日常についてまで、それぞれを著者の目で見て感じたことを書いてあります。

私が独特だなぁ、と思うのは一つ一つのコラムに対して。
その内容だけに終始するのではなく。
もっと大きな目で全体を掴み取ろうとする著者の姿勢にあるような気がしています。
感情の面でもコラムに取り上げた「そのこと」について感じたことを述べつつも、どこかさめている感じがするんです。

その意味を勝手に想像したんですけど、本の中に「この目」かなと思ったものがあります。
それが書かれているのは『処刑人の目』というコラム。
これは著者が訳した『白檀の刑』の原作者、莫言について書いています。
この作品にはプロの処刑人が出てきて、一世一代の処刑を行うべく腕をふるうのです。

「処刑」という行為に対して

『その〈注:正義〉色眼鏡で見れば、〈敵〉の死に喝采し、味方の死に慟哭することにもなろう。
しかし、一歩退いて〈正義〉の色眼鏡をはずしてしまえば、そこにあるのは、たんに殺し、殺される無意味な行為に過ぎない。』

・・・と、このように書いています。
私は莫言だけでなく、著者もこの目の持ち主ではないかな、と思ったのです。
何事に対しても事実だけを見ているさめた目。
それがあるからこそ、著者の人間性というか・・・感情の部分がコラムの中で、さらに際立つのではないかな、と思うのです。

あとがきでご本人が述べているように。
『現代中国へのぼくの片思いを語ったもの』とのことですが。
片思いを語ったにしては、べたべたしたものが感じられないのは「さめた目」の存在に他ならないと思うのです。
私が著者について書くなんておこがましいことですが。
生意気を言わせてもらえば。
著者にガラスケースの向こう側の炎・・・こっち側では熱さは感じないんだけど、熱いものが見える・・・に似たものを感じました。



御大の退休記念パーティ

皆様 こんばんは。
この週末は御大の退休記念パーティに行ってきました。
昨年度末に定年を迎えられ。
嘱託教員として一年お勤めになって、今回の会となりました。

来賓の方はそうそうたる方々で。
恐れ多くて、遠くから拝見するばかりでした。
私の席は通信生の席だったので、ちょっと「ほっ・・・」(笑)
お隣の席の方は61歳で入学、10年かけて卒業されたとのことでした。
(現在70代中盤だそう・・・)
もうお一人からは現在大学院に在学中とのこと。
毎度のことながら。

・・・根性の入り方が違う人たちだなぁ・・・と。

御大からいただいた記念品は。
16年間、新聞に寄せられたコラムを集めた一冊。
それから、先生が中国に留学された際の日記をまとめたものでした。
会場では新作の翻訳が紹介されており。
先生のお仕事の始まりと経過、そして今をいただいて帰ってきました。

会は和やかで楽しく、笑いの絶えないものでした。
これも先生のお人柄ではないかと思いました。

★3月5日追記
毛丹青さまが論文集に寄せられた文章をアップしておられます。

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