政府による中国語教育

皆様 今晩は。
今日はご報告がございます。
FC2に移る前に使っていたMSNブログのことです。
一年以上放置してありましたが、FC2のほうは文学や語学に内容を限定したいという思いから、日常の雑感はMSNでつづることにしました。
同じブログで両方の内容をつづると、「読みたいな~」とか「こういう勉強したいなぁ」が時間軸としてかなり早く出てきてしまって。
結果、どうなったか、ということを記述するときには、以前の記事はほとんど忘れ去られたあと、と言うこともありますし。
何度も似たような内容になってしまう恐れもありますので。
勉強計画を含めた日常の気持ちをつづるのはMSNで。
勉強した内容を発表するのはFC2で。
このように使い分けたいと思います。

リンク先はプロフィールをご覧ください。

って訳で。

今日のお題は
『國語普及の一方策 ー 教育部管轄「國語講習所」の場合』
この論文の感想を書きたいと思います。

この論文は我が校にある「中国語言語文化研究会」が発行している「中国言語文化研究」第7号に発表されたものです。
中国がどのようにして言文一致を推し進めてきたかを調べたものです。
私はこれまで雑誌《新青年》に「文学改良芻義」が発表されたのを皮切りにした中国における言文一致について学んできました。
事実、過去に手に入れた
『回眸《新青年》 語言文学巻』(河南文芸出版社)
を見ると、文学改良論として37もの文章が、語言文字論として27もの文章が掲載されていたことが分かります。
私はこれまでこれらの文章を書いたのは、いわゆる民間人が自らの信念でもって文学を改良しようとした決意の表れであると理解してきました。
日本の言文一致のように。
ところが中国の場合はちょっと違ったらしい、と言うことに気づかせてくれたのがこの論文。

中国は政府によっても言文一致が推進されたようです。
論文によると1920年1月12日に教育部から「教育部訓令第12号」が発せられたしています。
この通達は1920年秋ごろから言文一致の実現のために国文科を国語科に変えるというものであったそうです。
しかし、上からの通達を実行させるためには並々ならぬ努力とシステム作りが必要であったというのが論文の内容。

同じ言文一致といっても国によっていろいろなのですね。
さらに私が感心したのが、この政府主導とも言うべき運動に新青年に論文を寄せている胡適や銭玄同といった人たちも講師として呼ばれていることです。
官民一体となって推し進めていたことがわかりました。
当時の発音は注音字母で教えられていたそうです。
注音字母の発布は論文によると1918年だそうです。

胡適の「文学改良芻義」が発表されたのが1916年。
注音字母が1918年。

・・・この状況から考えるに。
最先端の考え方やシステムをトップダウンで実行しようと言うものであったことが分かります。
しかも、通達発布までの早いこと!
歴史的状況も違いますし、簡単には比べられませんが。
日本との違いに驚きました。
・・・いや、どっちが良いということではありませんけど。


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竹内好を読む

皆様 今晩は
土曜日は大学主催の研究会に行ってきました。
久しぶりの京都です。
今回の講演会は孫歌という女性研究者のものでした。
孫歌さんは先日購入した
『竹内好という問い』の著者であり。
我が大学の先生と一緒に
『近代的超克』という竹内好の論文集の中国語訳を編まれた方でもあります。

竹内好というのは『魯迅』の著者ということで知られていますが、この人のことを毛沢東時代には中国で紹介されることはなかったそうです。
1985年に『魯迅』の抄訳が1000部ほど出され(訳者:李心峰)その後の中国の研究者に影響を与え始めたのが最初とのことでした。
先生の話を聞いて感じたのは。
それまでの中国は民族の英雄だった魯迅が竹内好によって覆されるのを恐れていたのかな、と言うことです。
講談社文芸文庫の『魯迅』のあとがきにもこうあります。

日本人の魯迅理解に果たした竹内好の存在の大きさに触れようとしたら、中国側出席者の顔に当惑の表情が走ったのに気がついた。《中略》私(川西政明)は、ああ、竹内好と魯迅、竹田泰淳と魯迅の話をするのはタブーなのだと理解した。

この意味が長らく分からなかったのですが、今の私なりの理解だと国民的英雄である魯迅と日本ロマン派と言われた竹内好と関連付けて欲しくない、という意識の現われではなかったか、と考えるのです。

2005年 竹内好を中国語で読める初めての本といってもいい『近代的超克』が出版されました。
孫歌先生は中国でも竹内好の思想的知的資源としてのニーズをもたらすと感じておられるようです。
それは文学的側面だけでなく、中国現代史をどう読み解くかという点においてです。
先に書いたとおり、竹内好の政治的立場は中国では批判されることが多いそうですが、そのことについても
「思想家は常に冒険をし過ちを犯しても生きた思想を持たなければならない(メモ)」と竹内好の価値を貶めるものではないと先生は考えておられると理解しました。

講演の内容は先生の著書である『竹内好という問い』に沿うものであったと思いました。
内容は非常に難しかったです。
でも、質疑応答で御大が学生たちの理解を助けるように講演内容の背景を説明するように促してくださり孫歌先生の研究の価値を理解する助けとなりました。
あと印象的だったのが、『近代的超克』を訳された我が校の先生が今回のことを非常に喜んでいらっしゃる様子です。
この本の中国での反響は非常に大きく、よく中国語訳(つまり先生の訳)が引用されるのだそうです。
そして内容には御大にもいろいろご指導をいただいたとの裏話も聞けました。

私は2006年だったと思いますが、先生の「魯迅」をテーマにしたのスクーリングの際、この訳本の出版を知りました。
そのときにはすでに竹内好の『魯迅』を読んでいたので、後々役に立つだろうと思い、購入しました。
今回はこの書物は持参しなかったのですが、講演を聴くに当たって必要だろうと竹内好の『魯迅』(講談社文芸文庫)と『竹内好という問い』(岩波書店)は持参したので孫歌先生にご署名を頂き、握手・写真撮影までしていただきました。

一言で言ってしまうと、非常に安易な言葉しか見つかりませんが。
とてもいい時間をすごせました。

あら、勘違い

皆様 こんばんは。
昨日、届いたと思い込んでいた本は。

友人からのものではありませんでしたm(__)m
以前、書店を通じて頼んでいたもので。
中国から直送を依頼していたものでした。
友人にお礼を言いましたらね。

そんなに早くつくわけないじゃん(ゲラゲラ)
・・・って訳で。
とんでもない情報を載せてしまったものです。
これを読んで「中国からは一日でつくんだ~」と思った方。
申し訳ございませんでした。

今回到着したのはこの本です。

农民日记 一个农民的生存实录
(中国青年出版社 2006)

この本は、ある農民が60年間近くにわたって書き上げた日記です。
中国におけるこの100年間は。
いろんな意味で変化に富んだ期間です。
この100年間を生きた人の一代記を本にしたものはこのほかにもいろいろあります。
そのほかにも

我的一个世纪
(三联书店 1997)

巴金もそうですが、その人を一生を追うことでこの100年の中国情勢を生きた人の目を持って知ることができるような気がするんですよね。
歴史に血が通うと言ったら、なんだかなぁ・・・(笑)
とにかくこの本も目を通してみようと思います。

ところで話し変わって。
中国から送られてきた梱包ですが。
緩衝材入りで非常に丁寧に送られてきました。
「当代」などを送ってくるところとは雲泥の差(笑)

封筒(?)はビニール製で。
「100%溶かして再生できます。紙と一緒に回収しないように」と書かれてあり。
環境に配慮している表示があります。
中国からの送料は 33元。
なんか中国でもいろいろだなぁ、という感想を持ちました。

そろそろ中国語

皆様 こんにちは。

友人が北京にいるので。
本を送ってもらい中のpiaopengです。
昨日、国際郵便で送った、と連絡が入り。
なんと、今日には届いたようです。
(昼間に配達されたので不在者票が入っておりました)
書店を通すとなんであんなに遅いのでしょうか。
納得がいかない・・・(ーー;)

ところで中国語のレッスンをお休みして8ヶ月。
お休みするまでは、毎日、口を動かしていたのですが。
すっかりご無沙汰となってしまいました。
以前覚えた短文は、さすがに忘れません。
空では言えませんが、文を見れば口が動き出します。

・・・やっぱり、この練習方法は間違ってなかったなぁ・・・マジ、大変だったけど。

その「マジ、大変」が続けられなくなった理由でありますが。
そろそろ中国語をしゃべりたくなってきました。

希望は女性で。
訛りのない普通語が話せて。
大学教育を受けてきた人。

発音から危ういときは日本人の先生が良いと思いました。
でも、今回は中国語が母語の方がいいですね。
やっぱり中国語らしい中国語が話せるようになりたいので。
・・・でもねぇ、なかなかそういう人は私の周りにはいないなぁ。
先生を探すのも大変です。
みんな、どうやって探しているんだろう。

もうすぐ京都

皆様 こんばんは。
もうすぐ京都です。
先週の水曜日に資格試験を終え、今週のお休みは京都で聞く講演会の関連書籍をチェックしておりました。

以前から紹介しておりましたところのコレ

正直申しましてね。
難しいです。
・・・と言いますのも。
これまで私が対象としてきたのは中国文学。
魯迅だったり、巴金だったり・・・中国の作家について書かれたものを読んだり、そのものに触れたりしてきたわけです。
でも今回は。
中国文学を見てきた日本の研究者(竹内好)が対象。
いまさらながら、その隔たりの大きさにページをめくりながら戸惑っております。

そんな中でも、私がなるほどなぁ、と思った一文を紹介します。

一般的に「批判」という好意は相手の過ちを縛をあるいは否定することによって自己自身の正当性を主張することと理解されがちである。特に歴史上の人物において、その当時には見えなかった状況が後人には見えると言うような場合には、なおさらそうなりがちである。(中略)
ところが、このような「批判」は、過ちに対する恐怖感を生み出すことはできても、竹内好を歴史化することはできない。なぜならば、歴史化するということは、あと知恵の価値判断に従うことと絶対に相容れないことであるから。

少々長い引用になりましたが、ここが私が共感した部分です。
歴史を語るとき、知らず知らずのうちに今の価値観やその後の結果を踏まえて判断してしまいがち、と言うのは常々思っていたことでした。
物事は価値が定まって初めて歴史になるんだと思う。
それが「あと知恵の価値判断に従うことと絶対に相容れないことであるから」と同義であると思うのです。
あと知恵に振り回されていると正当な評価は下せないですからね。

でも、これって日常の生活でも大切にしなければいけないものだと思います。
「ホントのところはどうなのよ?」を知りたいと思ったら、謙虚にならなければいけないんじゃないかと思います。
自分の価値観に偏りがないか疑ってみること、周りの意見に流されないこと・・・なんか、時々思うんですけど。
最近、知識と言うよりは物の見方について学んでいることのほうが多いなぁ。
誰かが言っていたけれど。
「勉強って生き方を学ぶことだよね」
・・・半分は言えてる気がします。
残りは好奇心ですが(笑)


所見

皆様 こんばんは。
今日は業務命令あるところの資格試験を受けてきました。
これである程度一段落かな。
正直、ちょっとほっとしております。
今週中にやらないといけないものリスト。

リポート1科目。
翻訳課題1つ。

今日はまだ水曜日なので今日くらいはのんびりしようと思います。

さて。
今日の御題は「所見」

何の所見かと申しますと。

リポートの所見なのです。
先月出したリポートが返却されてきました。
先生によっては非常に事細かに書いてくださいます。
これまでで、一番沢山書いていただいたのは。

・・・不合格リポート・・・(涙)

これはショックのあまり私のトラウマになったほど。
立ち直るのに半年以上かかりました。はい。

さて今回は、と申しますと。

評価!!『A』!!

これだけだったら自慢してもいいと思うのですが。
この教科の担当は・・・ワタクシの担当教官。

所見をみると。

不備を指摘した一言のみ。

たぶん、このリポートには見るべきものがないと判断をなさったのではないかと・・・。

・・・これまたトラウマになりそうな所見でしたが。
ココでくじけていては前に進めない!!
とにかく。

やるならやらねば!!
(昔、こんなタイトルのバラエティ番組があったなぁ。)

小吃

皆様 おはようございます。
試験前になると別のことがしたくなるpiaopengです。
現実逃避・・・と言ってください(笑)

昨日、『人民中国』がとどきました。
お風呂に浸かりながらぱらぱらめくっていると、興味深い記事が。

《庶民性はいずこに 新しい「小吃街」の功罪》

記事の内容ですが。
昔ながらの小吃店が再開発のためこれまであった場所からの移転を余儀なくされた。
しかし、移転先では観光地化されてしまい庶民的な値段で食べられなくなった、というもの。
今有名なのは「九門小吃」という宋慶齢故居の西側になるそうです。
そこは衛生的で有名店が一同に会しているものの、地価が高いためその分値段もつりあがる、という寸法。
小吃は「九門小吃」のオープンで再び人気を集めているが、そこに庶民性が生まれれば言うことはない、と結論付けています。

私は北京に長く住んだことはないので分かりませんが、自分が街を歩いていて、ふと小腹がすいたときにそばにあった店に立ち寄り、ちょっと買って食べる、というものが「小吃」である、という感覚です。
その場所に住んでいれば職場や家の近くなど自分の行動範囲にあるお気に入りの小吃店があるのかなぁ。

「九門小吃」は・・・どうだろう。
ふとイメージされたのはこういうもの・・・といったら誤解をうむかな。
こんなもんと一緒にすな!と言われそう(笑)ですが、遠くの名店を一箇所に集めて、観光地(名古屋のそれが成功しているかどうかは別として)する、という面では共通点があると思うんだけど。
それにしてもなんだかなぁ・・・。
記者は「なんだかなぁ・・・」を「庶民性の喪失」と位置づけているようだけど。
私は「時間の分断」という思いを持ちました。

科目試験

皆様 こんにちは。
今日は良いお天気ですね。
私はかれこれ1年ぶりくらいに科目試験を受けてきました。
・・・と言いますのも。
スクーリングと違って、お金が要らないんです。
あと、名古屋は定期的に開かれるからかなぁ。
場所によっては遠くの開催都市まで行かないと受けられないこともありますから、私はかなり恵まれていると思います。

・・・この「恵まれている」が心の弱い私にとっては大問題。

「今回を逃しても、次の機会がある」

という根拠のない確信なんですよね~。
冷静に考えれば「次っていつよ?」ってことになるんでしょうが。
実際、やれ息子のサッカーの試合が、とか。
家のことをやっちゃおう、とか。
そういう理由で延期してしまっておりました。
これじゃ、いつまでたっても卒業できない!と思い。
今回は「絶対行くぞ」と。
家のカレンダーに予定を明記し。
息子を信じて、やる勉強を指示し。
休みに集中してやるべき家事と資格試験の準備をし。

行ってきました。

・・・結果は・・・どうだろう・・・。

中村区の大学を借りての試験だったので。
帰りに中村公園をぶらぶらしてきました。
豊国神社という豊臣秀吉を祭った神社もあります。
11月ということで七五三に来ている親子が・・・一組(笑)
名古屋だったら熱田神宮かな、やっぱり。
それにちょっと公園の手入れが行き届いていないかんじ。
参道の大鳥居は車で通ったときにも見ているのですが。
中村公園まで行ったのは初めてでした。

大学行事のおかげで行ったことのないところにも行く機会が出来ましたが。
名古屋でもこういう機会があるとは!!
意外と地元のことも知らないものです。

今週の出来事。

皆様 こんにちは。
今週も土曜日になりましたね。
今週は中日の優勝が私の一番の慶事でした。
なんといっても53年ぶりの日本一ですから。
この日を迎えるまで。
「贅沢は言わない。私の目が黒いうちに日本一になってくれ」
と思ったものですが。

ファンと言うのは現金なものです。

落合監督の胴上げをみた瞬間。

来年も!!
と思っている自分を見つけてしまいましたからね(笑)

5戦のうち、どれが一番良かったかといわれると。
1戦目の川上とダルビッシュの投げあいです。
迫力あったなぁ。
負けはしましたが今回の日本シリーズで一番しまった試合はこれだったような気がします。
星野さん以来、優勝パレードは皆勤賞の私。
今回は17日土曜日ですよ。

今週は前部署も新しい事務所に引っ越して行き。
仕事に区切りがつきました。
新しい部署にはまだまだ慣れませんが、時間が解決するでしょう。
とにかく10月は怒涛の一ヶ月でした。
自分と向き合う時間が少ないと、自分を切り売りしている気分になるんですよね。
11月からは努めて自分の時間を持つようにしたいものです。

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