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秋の一日

皆様 こんにちは。
再来週に資格試験を受けなければいけないので現在勉強中です。
これは道楽ではなく職務上必要ってことなので、正直なところ「つまんねー感」満載です。
職務上必要な資格って「資格持ってないと、仕事できないよ」ってもので。
やらされてする勉強ってどうしてこんなに身が入らないんだろう。。。
事前研修でも受験テクニックばかり伝授されたような気がしたものですが。
こんなんでまともに学んだと言えるのかな。
そんなことを深く考える人もいないだろうし、考えている閑があったら手を動かせよ>あたし。

そんな感じで秋晴れの一日を雨で溜まった洗濯と布団干し、受験勉強でつぶしております。

そうそう、今週は学校から成績表が送られてきました。
今はネットでも見ることが出来ますが、それを帳票として打ち出したものを郵送で送ってくれるのです。
先日出したリポートの点数はまだついていませんでした。
9月の学習会の折、担当された先生に成績まで覚えてもらっていたので、そんなに私、悪かったかしら、と改めてみてみました。
覚えてもらっていたことが不思議なくらい「普通」の点数でした。

それから。
先日ご紹介した『竹内好という問い』(孫歌/著 岩波書店 2005年) が昨日アマゾンから送られてきました。
11月中旬の研究会までになんとか目を通したいものです。
これを読んで、講演を聴いて。
改めて竹内好の『魯迅』を読むとまた印象が変わるかもしれません。
私は気に入った本は何度も何度も読み返すのですが、知識が深まったときや自分の環境が変わったときになどに以前とは違った解釈が自分の中に生まれるのが興味深いのです。
読めば読むほど違った側面が見えてくる。
そういう読み方に耐える作品が自分にとっての「名作」なのかなぁ、などと思ったりしています。
そういう意味で時代が変わっても広くいろんな人に読まれる作品もまた「名作」なんでしょう。

とにかく今週も平日は受験勉強で終わってしまいそうです。
これも浮世の義理ですわ(笑)
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今週のお休み

皆様 こんにちは。
今週のお休みは町内のお祭りがあったり。
父の個展がココであり。
(父の現在の趣味は陶芸です。ご紹介サイトの歩知歩智工房が拠点。ココは私の幼馴染がやっており、息子さんの名前はうちの息子と同じ名前という深いご縁がございます)
冷やかしに行ったりしておりました。
文化の秋ですねぇ・・・気候もよく、参道は人でにぎわっておりました。

ココのところ本の購入ラッシュで読む時間が追いつかない状態。
先日、「はきん」か「ぱきん」かの話題で急遽購入した魚返先生の著書とあわせて。
曹禺が書いた『家』のシナリオとか。
・・・材料はあるのに仕事が追いつかないのは非常にじれったいものがあります。

そんな中、先だって休刊の案内が来ていた「巴金研究」という雑誌が再開され送られてきました。
自分が好きで購入しているものとはいえ、こう次から次へと消化もしないまま本が送られてくるとさすがに焦りますねぇ。
でも再開されて良かった。
・・・休刊前より、ちょっと薄くなった気はしますが・・・。

そんなわけでさらっとめくっただけですが、先日いただいた『巴金記念集』のことが紹介されておりました。
記事の内容は《文学報》の転載で2006年10月19日のものです。
そして掲載されている写真などは"巴金文学館"のものだとされております。
写真の中にもしかして知った顔がありはしないかと目を皿のようにしてみましたが、残念、見つけられませんでした。
そんなこんなでお休み終了。

もうすぐ外出していた相棒と息子が帰ってきます。
本を購入したり、好きなことができるのも家族と先立つものがあればこそ。
来週も頑張って働くぞ。

研究会

みなさま こんばんは。
今日は名古屋の某所で研修でした。
一日缶詰だったので・・・私は大学で講義には慣れているので平気・平気と思っていたのですが・・・以下省略(笑)

で、そんなこんなで家に戻りましたら、大学から研究会のお知らせが。
研究会ですが、今回は大学院生の発表がひとつと講演会。

孫歌という方。
内容は「竹内好を読む」

。。。ってことは魯迅かな。。。ってわけで、検索してみたら、この本の著者でした。

竹内好という問い

書評は「村田雄二郎研究室」のサイトで見つけましたので参考にさせていただきます。
竹内好といえば、大学の先生が竹内好の『魯迅』を中訳されました。
その本は『近代的超克』(三聯書店)・・・と思って今書棚から引っ張り出したら、編者が「孫歌」
・・・あぁ・・・この人であったか。
自分が知っている部分と繋がったのでちょっとうれしい。

『竹内好という問い』は研究会までに目を通したいと思います。
こうやって横道ばかりに逸れてますが、これもまた勉強する楽しみだったりもします。
今読めなくても・・・、と思って購入した本が役に立つのも、やはりうれしいものです。

「はきん」か。「ぱきん」か。

みなさま こんばんは。
昨日は御園座に歌舞伎を見に行っておりました。
お楽しみというのはそのこと。
今回は鳴神、韃靼、義経千本桜。
義経千本桜では海老蔵が宙吊りになるという猿之助直伝の演出で派手な雰囲気でした。
韃靼も群舞が迫力があり、鳴神では菊之助がとても美しく、「ほけ~~・・・」となってしまいました。
やっぱり女形は声が美しいのがいいですね。

・・・というのを昨日、こまごまと書いたのですが。
アップしようとしたときに。

・・・消してしまった・・・

そこで疲れ果てて、昨日は寝てしまいました(笑)
・・・ってわけで、今日の枕は歌舞伎見物でした。

さて、本題。

先日「巴金」は「はきん」か「ぱきん」かの疑問を持ちまして。
日本語だと「はきん」だよなぁ・・・と。
うちの大学だと「はきん」と皆、言うと思います。
だって、現代文学史のテキスト(執筆:御大)によると。
「はきん」とルビがありました。
通信は自学自習が基本ですので。
テキストに書いてあるということは。

そのまま覚えているということです。

で、日本語だと「は」で間違いないと思うんだけど。
なんで「ぱ」なの?
中国語で「巴」の発音はピンインで「ba」ですからね。
「ば(ba)」とは読んでも「ぱ(pa)」となるかな・・なんだけど。
「ば(ba)」にはならないんですね~。
中国語には濁音はなく、有気音と無気音があるだけですから。
だから、日本語の「ば(ba)」という読み方はしないんですよね。
でも、そうは言ってもそれだけでは「pa」と読む説明にはなりませんね。
発音として「巴」と「pa」で表記した証拠を見つけなければ。

そこで登場した・・・ってか、このために購入したのが、この本。

『支那語の発音と記号』
(魚返義雄:著 三省堂 昭和17年)・・・奥付は17年ですが、手元にある本の広告欄には同じ書物が昭和16年刊と書かれてあります。

この方は日本人が中国語を学ぶための基礎を築いたと聞いています。
この本が出版された1941年(昭和16年として)には、まだピンインは無かった(現在のピンインは1958年制定・・・だったと記憶しております。。。)ので、表記方法が違うんですよね。
ピンインと違う表記法で「ba」となっていなければ、もしかして・・・ってのが今回の狙いどころです。
表意文字である中国語の発音表記は1920年代を始まりとして、さまざまな紆余曲折がありました。
(自分の持っている本では《中国現代長編小説名著版本校評》の総論部分が詳しいのですが。)
先日購入した「新青年」という雑誌でも注音字母(現在も台湾で使われている発音表記法)についての論文が載せられ、発音の表記について当時から深い関心があったことがわかります。
その辺のところはまた改めて勉強するとして。
(日本語の参考文献を現在物色中)

話がだんだんややこしくなりましたが・・・私の今回の目的は。
ピンインでは「ba」だけど、他の発音表記で「pa」と書いたものがあったら、日本人なら習慣的に「ぱ」と読んで。
それがそのまま習慣となって「ぱきん(pakin)」と読むことにならないかな・・・という妄想をしたのです。

で、日本における発音教育の草分け、魚返義雄先生までさかのぼってみました。
そしたら。

あった、あった。

「巴」に「pa」が当ててあるではありませんか!
・・・これが根拠になったりしないかな・・・という妄想。

以上のことは、何度も言うようですが、私の妄想・・・本気にしないで欲しいのですが。
魚返(おがえり)先生の本は確かに面白そうです。
昔の中国語教育法を知りたければ、これは必見かも。

値段は古本で2500円。。。これが高いか安いか・・・。
当時は1.80円で発行されていました。
1.80円・・・当時の価値で言いますと、(信用できるかどうか分からないけど)とあるサイトによると新聞の購読料くらいだそうです。
現在、新聞の購読料が一ヶ月4000円くらいとして・・・2500円は安い!!

いや・・・新聞だって取材費がかかっているし、研究の対価とは単純に比較できませんが。
それにしても、本ってなんだか安いんだなぁ、と思ってしまったのは私だけでしょうか。
でもあんまり高価だと貧乏学生には買えませんので。
こんなもんにしておいて欲しい、というのは勝手な言い分・・・ですね(笑)

今回の記事は妄想だらけ・・・どうぞその点ご容赦ください。


漢文学

みなさま こんにちは。
今日は夕方からお楽しみがあるので、ちょっとうきうきしつつ。
今日あたりで目処を付けたい翻訳がひとつ。
それから構成の目処を付けたいレポートがひとつ。
翻訳の勉強に使いたいサイトのプリントアウトがひとつ。

・・・昼ご飯をあてがうまでの短時間でブログまで更新してしまおう・・・という欲張りpiaopengです。

リポートは、ですね。

私の嫌いな(←ここ重要)こ・て・ん。

でもテキストをだいぶ読み終えて思ったのですが。
なんだか、私。
内容が分かるようになってきた。

・・・お恥ずかしい話ですがね。
私、本当に知識が偏ってましてね。
広く浅くが大学で目標とする知識レベルなんでしょうけれど。
(いわゆる専門分野における基礎学力取得)

今の私は「狭くて浅い」・・・最悪なんです。
ここでうじうじしていては次に進めないよ、という先生方の叱咤激励をうけまして。
1年前には挫折した「漢文学」のテキストに取り掛かっております。
改めて読んでみますとね。

テキストの内容から、スクーリングで先生がおっしゃってなんとなく覚えていたことや。
自分が読んだ本なんかからの知識とか。
時々出てくる日本文学との関連とか。
・・・今までばらばらな知識だったものが、概論のテキストのおかげで繋がるんですよ。

こういうのを「テトリス現象」と私は勝手に名づけております。
(ばらばらなブロックが繋がって、一気に落ちるところが「腑に落ちる」と同じ感じがするでしょう)

概論って、勉強しようとしてもすぐに飽きちゃって、ついつい別の方向に行っていたものですが。
やっぱり基礎知識って大事だわ・・・(今頃気がついた)

沈淪

みなさま こんにちは
先日、名古屋大学に行きまして。
そこに郁達夫の記念碑があることや彼が名古屋に縁があることなどを聞き及び。
せっかくだからと「沈淪」読んでみました。

最近、私の読書タイムはですね。
お昼休みです。
まぁ、紆余曲折ありまして。
つい一ヶ月ほど前に新しい部署に移動になったのですが。
移動になった先には女性社員が2人。(のこりは全て男性。しかも外に出っ放し)
しかも私より10近くも若い子達。

・・・初日には一応、相手も気を使ってくださり。

「piaopengさんも一緒にいかがですか?」

と声をかけてくださったのですが。
まぁ、なんとなくお断りし。
それ以来のんびり一人で本を読む時間にあてることにしました。
これがまた、けっこう快適でしてね。
家だと家族に気を使いながら本を読んでいるので、集中できる時間が1時間でも確保できるのは、うれしいことです。

・・・とそういうわけで。

「沈淪」

これによると、二十歳の8月29日、東京の中央駅から夜行列車にのってN市についた、とかかれてあります。
これが名古屋市のことかと。
読んでみると・・・ってか、見ると分かるんですが、やたらと英語が多い。
精神的な病名なども英語でそのまま書いてあります。
訳語が無かったのか、それとも英語で書くのが「時代」だったのでしょうか。
それから「A神宮」は熱田さんでしょうね・・・ってのは常識ですね。
そこから築港に行ったとありますので、築地口あたりとされています。
でも、当時は海岸線がだいぶ現在とは違って、今では考えられませんが七里の渡しくらいまで海だったと思われるので、今の海岸線のイメージとはだいぶ違うかもしれません。
あとは鶴舞公園の名前も見られます。

魯迅の例を出すまでも無く、当時日本に中国からの留学生が数多くいました。
日本ではなく欧米にわたった老舎や巴金の例もありますが。
当時の日本を想像しつつ、留学生たちの心情に迫るのも面白いのかもしれないなぁ、と思いました。

巴金記念集

皆様 こんにちは
3連休も今日で最後ですね。
3日くらい休みがあるといろいろ片付いていいですね。
早く次のお休みが来ないかな(笑)

この3連休はガリガリ勉強をしておりました。
金曜日にすごい人たちの集まりに参加してからというもの、
「こりゃ、早く卒業しないと」の思いが強まり。
とにかくやろう!の気持ちです。
このブログも丸2年を迎えましたしね。

それもそうなんですが、その金曜日にお会いした方に一冊の本をいただいたことも、やる気に火をつけられたというか、初心に帰らされたのでございます。

『巴金記念集』(上海巴金文学研究会:編 2006・10)

2005年に巴金がなくなる少し前から、卒業論文のことを考えておりました。
ワタシはこの大学を3回生編入ですので、入学してすぐに卒業論文のことを考えなければならない状況でした。(大学のシステム上)
そうは言っても中国文学なんて、これまであまり馴染みがなかったので、大学から「テーマを決めて出してね」といわれても"???"。
国文をやっていたときから、漢文はあまり得意ではなかったし、今やっている中国語は現代中国語なので、現代もしくは当代(当時は「当代」なんて言葉も危うかった)で書こうかな、という程度の考えでした。

そんな時、大学のある先生が研究室の整理をするから、と本を学生に払い下げていました。(志の金額を先生に預け、先生がまとめて寄付をする、というシステム)
そこで巴金の随想録を手に入れ(確か友人経由でいただいた気がします)。
安易にも「この人、なんだか好きだなぁ」と思って随想録をやろうと思いました。
(だって、御大がおっしゃるには「ほんのちょっとした興味から対象を決めるということがあってもよいと思う。結婚してから恋愛を始めてもよいのだから。」←名言)
で、御大に。

ワタシ、随想録をやりたいと思います!!

と申し上げたところ。
難解すぎて君には無理。しかも、これはこれ一冊じゃないよ。

・・・あえなく沈没いたしました。

それでも巴金をやめようと思わなかったところを見ると、よっぽど心に残ったんだと思います。
そんなことがあってしばらくして聞いた彼の訃報。

不謹慎ですが、ぐっと距離が近づいた気がしました。
なんというかなぁ・・・昨日まで同じ地球の空気を吸っていた事実から、生身の人間を実感したというか・・・そんな感じ。

当時、定期購読していた「北京晩報」の特集記事を切り抜いて集めたり。
ちょうど御大がお書きになった追悼文のコピーをいただいたりして。
単純なワタシは。

・・・これは、やっぱり縁かも・・・

こんなことでも論文のテーマを選んでしまった私でした。

この『巴金記念集』は巴金がなくなったときの記事や追悼文を集めたものでした。
これを見たことで、改めて御大がわざわざ郵送してくださった追悼文を引っ張り出し。
北京晩報の記事を引っ張り出し。
いただいた本に丁寧にはさみました。

中身はまだ読んでいる途中なのですが。
写真のページで興味深かったのは外国で翻訳された『家』の表紙写真。
というのも。
巴金の表示が「BA JIN(ピンインと同表記)」「PA KIN」「PA CIN」と言語によって違うこと。
日本でも「はきん」という人と「ぱきん」と言う人がいますけどね。
(本当はどっちなんでしょう?ときどき関東と関西とで読み方が違う場合があるからついた先生による場合もあるかもしれません。ワタシは「はきん」と読み、それで先生に注意されたことは無いです。)
音の表し方の違いがあって面白いなぁと。

それから、どこの国なんでしょうか、「家」ではなく「氏 Famille」と書かれた表紙もありました。
これはなかなかいいぞ、なんて思ってしまいました。
どういう意図で誰が「氏」なんて当てたんだろうな。

こういう「妄想」をめぐらせ始めるときりがないですね。
とてもいい材料を頂けてうれしかったです。
有難うございました。


お友達申請フォーム?

皆様 こんにちは。
秋の三連休。金木犀の香りが家に漂っております。
この金木犀。我が家のものではありません。
ずばり。
お隣のお庭のもの。
この季節は窓を開けておくと風に乗って金木犀が香ってきて。
いい感じなんです。

それはさておき、私が使っているFC2ブログサービス。
最近さまざまなサービスが新しくなっております。
特に力を入れていると思われるのが「コミュニケーション」
ブログを通じてお友達を増やそうという目的に答えようというものなんでしょうね。
ブログ管理者としてほめられることではありませんが。
ワタクシ。
結構不精モン。
今日、初めて自分のページに「友達申請フォーム」なるものがあったのを発見しました。
新しいサービスは初期設定では「付ける」ことになっているんでしょうね。
へ~、面白そう、と思い自分でクリックしてみたところ。
こうなりました↓

『piaopengさんに友達申請を行います。
申請相手にお間違いがないかお確かめの上、
画像に表示された認証キーワードを入力して送信して下さい。
※申請する前に管理画面にログインしているかお確かめ下さい。

自分を友達に加える事はできません』

・・・おこられた。
まぁ、自分で自分に「友達申請」する人はいませんね(笑)

でも、このサービスはちょっとやりすぎじゃないかと思います。
いきなり「お友達申請」されてもなぁ・・・。
お知り合いになる取っ掛かりとしてはコメント欄で十分。
もし「個人的に連絡を」と思われる方はメールフォームもあるし、さらにFC2のコメントは管理人だけに見られる設定が投稿者のほうでも出来ますから、それで十分だと思うんだけど。
そもそも友達って「申請」してなるものじゃない。

ネットの世界って面白いことをするんだなぁ、と思います。
それとも「申請」しないと友達が出来なくなるくらい、人間関係って難しくなってしまったのでしょうか。

ブログでネタにしてしまったので、しばらくそのフォームは残しますが、時期を見てはずそうと思います。

場違い・・・だったかも。

皆様 おはようございます。
現在は仕事でも2足のわらじをはいておりますpiaopengです。
前月20日から新しい部署に移動になったものの、これまでやっていた業務を引き継いでくれる人がいらっしゃらず、兼任の日々。
昨日やっと事業の譲渡先から人が派遣されたので、来週からは少しは肩の荷が下りると思いますし、今週末は3連休ですから、久しぶりに自分のペースで生活が送れそうです。

さて、昨日はさるお方にお会いするために。
とある学会の懇親会にお邪魔してきました。
そうそうたる顔ぶれで。
すっかり萎縮気味の私。

だって。
生きているうちでお目にかかることなど絶対にない、と思っていた方でしたからねぇ。
御大に初めてお目にかかったときも。

「生身の人間だったんだぁ・・・・」と思ってしまったくらいですから。

そのときと同じくらいのショックでした。はい。

そういうビックネームの先生方に加えて、中国の方も多く。
自己紹介も出来ないありさま。
「留学したことは?」と聞かれましたが。
「留学」の意味するところが一般人とは違うので、またもや頭の中があたふた。
自分のことをなんと説明しようかと、おたおたしてしまい、つい助け舟を求めてしまいました。

場違いだなぁ、と我ながら思いましたが。
こういう場所にお邪魔したことで、改めて自分の今いる位置がまたはっきり見えました。
で、自分は今後どういうスタンスで勉強と関わっていくのか、改めて考えるきっかけとなりました。
ゆっくり、と言いましたがやっぱりなるべく早く卒業しよう。
自分の中で考えているだけでは、勉強した内容も漠然としたものが溜まっていくだけで、そのことに意味があるとは思えないですし、同じ場所にずっといることは楽なことではあるけれど、楽をすれば楽をするほど自分が見えなくなると思いました。

そういう意味で会をのぞかせていただく機会を得て、本当に良かったと思いました。

最後に余談ですが。
名古屋特有(らしい?)海老天おろしそばが話題に上りました。
私も別の土地に行ったらその土地の「海老天おろしそば」を食べてみて名古屋のそれと比べてみようと思います。
たかが「おそば」ですが、これは結構奥深いかも。
だって、名古屋の「海老天おろしそば」しか知らない人が書いたものを、それぞれの土地の「海老天おろしそば」のイメージで読まれては、とんでもない誤解をうむことも考えられますもんね。

その辺のところを、エッセイにしたのが、米原万里の「魔女の一ダース」。
「海老天おろしそば」で私が思ったことが、全てこの本に凝縮されております。
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