スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

科挙

皆様 こんにちは。
台風13号、皆様のところでは如何でしたでしょうか。
名古屋は直撃はしなかったとはいえ、昨晩はすごい風が吹いていました。

この3連休は日頃出来ないことをしようと思って、まずしたことは。

掃除(ほこりでは死なないとは言うものの・・・)

常備菜作り(食事を作るのに時間をかけていられないので、すぐ食べられる一品は必需品)

睡眠(一つ年をとったので美容?と健康のため)

そして、読書。

今回はその名もずばり。

『科挙 中国の試験地獄』(中公新書 宮崎市定/著 1963年初版)

科挙については押さえておきたいと思ったので購入したのですが、科挙のシステムより、興味を引いたのが。

カンニング(@_@;)

壮観なのが写真で紹介されていた、「四書五経(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%9B%B8%E4%BA%94%E7%B5%8C)」とその注釈をびっしりと筆で書き上げた下着。

なんといいますかね。

「耳なしほういち」でもここまでやらんだろ、と突っ込みたくなるような執念のこもった下着。
筆って先っぽがやわらかいから、こんな細かい字を丹念に書くなんてそうとう神経を使ったと思います。
表裏で70余万字も書かれているそうです。
藤井有隣館(京都)に所蔵されています。

不正を防ぐために試験官も知恵を絞ります。
席を離れたり、答案用紙の取替えをしたり、周りをきょろきょろ見たり、独り言を言ったり・・・そんな時は試験官が答案用紙にハンコを押します。
これがあるからといって直ちに失格とはならないそうですが、受験者は山のようにいるのですから、合格者の選別そのものが大変。
だから、まず振り落とされるのはこういう答案用紙だそうです。

独房で行われる試験では、あまりのプレッシャーに発狂するものもいたそう・・・「幽霊譚」にも事欠かないそうです。
ひえぇ~~~・・・。


そんな試験を突破できたのは真のエリート。
そのエリートを目指して勉強をするわけです。
古代中国の文化の担い手はこういう「士大夫」と呼ばれる人たちでした。
この伝統は581年の隋に始まり清代末期1904年まで続きました。
1904年と言えば日露戦争の時代。
次の年には孫文が東京で統一組織を結成し、それが中国国民党の祖ともいえる組織です。
そのあと中国は近代化に向かって行くことになります。
その後の歴史は以前も紹介しましたが、この本がお勧めです。

『中華人民共和国史』(岩波新書 天児彗/著 1999年)

お勉強として読むのもそれはそれで悪くは無いのですが、やっぱり私は「科挙」の中にある人間の泣き笑いが面白かったです。

スポンサーサイト
プロフィール

piaopeng

Author:piaopeng

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
カテゴリー
カレンダー
09 | 2006/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最近の記事
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。