FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

この数ヶ月

この数ヶ月、何をしていたかというと、旅行に行ったり仕事をしたり。別段変わったこともなく暮らしておりました。
ただ、4月14日から16日まで上海に行ったことが特記すべきことかもしれません。
上海は30年ぶりで、久しぶりに文学好きだったことを思い出しました。本も最近読まなくなったし、中国語もどんどん下手になるし。
ただ、入社して4年が経って少し周りが見えてきたというか、余裕が出てきたのか最近少し考えるのは。
自分には背骨がないということ。
会社の人たちは物流業界やトラック業界で一貫して仕事をしてきたり、そうでなければSEとして業界を渡り歩いてきたり、とにかく一貫した背骨というものをお持ちの人たちばかりで。
とこへ行くとワタシは働いてきた立場も中途半端、中国も頑張ってきたけれど語れるほどの何かがあるわけではなく。
そういうことにジレンマを感じつつあります。
ワタシから見ても浅はかだなぁと思う人の方がよっぽど自信満々に暮らしている感じかします。
そのようにはなりたくなくて、でも世の中に何か発信するほど裏打ちされたものがあるわけでもなく。
やりっぱなしになっていた大学に戻ってみようかとか。
(これはどうも心に引っかかっているらしく、時々顔を出す感情です)
でもそれを勉強したからと言って何者になれるかといえばそうではなく。
ただ、大学に行くということは現実問題お金がかかる。お金なんざ息子の学費をえいや!と出したことを思えば大したことではないのですが、大学を卒業することが目的でない以上、大学のスピードについていけるのかが心配。
ついていけなければまた何年も学費を払う羽目になります。
それはもう勘弁したいところです。
卒業論文でも書くように一つのテーマを自分で掘り下げることを考えて、必要であれば大学に行くことを考えた方が良いのか。
今までも無駄に学費を自分に払ってきたのだから、これまで先生方に言われたことを思い出しながらやるのが良いのか。
ただ、色々と考えているうちはまだまだ。やらずにはいられないと思わないといけないんでしょうね。

スポンサーサイト

三連休です

一日仕事に行ったと思ったら、成人の日を絡めて三連休。
これが終わったら本格的に仕事だなぁ。でも、弊社は大口取引先に袖にされたので、うまく行っても半年間は我慢の時期が続きます。
その後、順調に仕事がくれば良いのですが。

そういう、精神的にもいまいちな年始ですが、昨日初詣に行っておみくじを引いたところ、大吉が出ました。
お守りも購入して少しでも運気をあげようと、神頼みをしてきました。
で、夕方いつもの飲み屋で新年会をしたのですが、いつもはよくしてくれる大将に中国の話をしたところ、冷たい反応。時々あるのですが中国嫌いの人はいますので、もしかしたら気分を害したのかもしれません。幸い、いつも一緒に行っている友達は大将のお気に入り。彼女は今年は1人デビューを誓っていましたので、いい感じにフェードアウトできるかもしれません。
ただ、そうは言っても料理は美味しいし、店の雰囲気も悪くないので機会があれば行き続けようとは思います。多分、大将は真面目な方で私が息子のことを話すと、状況が信じられないみたいですし、家族があるのに飲み歩いている私について相いれないものがあるのかもしれません。
個人的なお付き合いは控えようと思った次第です。

今日は、中国語。文法が全くできていないので、状況がわかる文章であれば楽々訳せるのにそうでないとまったく読み取れないという弱点が露呈しています。
会話でなないのだから、文法ができていれば読めて当然の文章です。
会社が暇なこの時期にしっかり文章と向き合わなければ、と思いました。

組織の仕事もそうなのですが、私はどうも人に好かれる才能がまったく欠落しているようです。
嫌われているとも思いませんが。会社をあまり信じてない人や、会社に頼らなくてもやっていけそうな人には比較的受け入れられていると思いますが。
協調性もあまりないというのも自覚しているところですので、自分の仕事だけで評価してもらえるように力をつけなければと思った年始でした。

2018年新年に寄せて

新年あけました。
この正月は喪中ですので、おめでとうは言えません。
3日の今日まで静かに暮らしていたわけもなく・・・

まず、年末29日からおやすみでした。
29日は実家の大掃除を手伝い(今年は父がいませんので)そのあとは馴染みの飲み屋で忘年会。
30日は我が家の掃除をそれとなくやって、買い物。
31日は先行バーゲンで買い物。
あけて1日は実家に挨拶して夕飯まで。2日は弟夫婦と店の決算の結果を踏まえて今後のことを話し合い、そして今日3日。
母が夏に行きたいという北海道旅行の下調べと久しぶりに本屋をみてA4の入りそうな肩掛けショルダーのカバンの物色。
無印良品でバスタオルやタオルを仕入れて、とにかく日頃、目の行き届かないところを埋めるべく、買い物をしました。
定期的にこういう日は必要でしょう。
休みの間、今後のついて色々考えていました。
会社が少し不安定な時期なので、半年後、うまく行っていれば良いのですが、万が一ということになれば身の振り方も考えなければなりません。
タイミングとして少し考えるのは、仕事は続くのだけれど半年くらい以前よりは時間ができるのだから勉強はしようと思って、以前行っていた大学に行こうと思ったのですが、通信ながら年間学費が25万。そのほかも含めると、50万は下りません。(宿泊など含めて)
それだったら、本を買って自分でまとめて自分なりの意見を文章にするという作業をやってみようかとも考えました。
それから前回北京で購入した劉震雲の小説の翻訳があったので付け合わせながら読んだり。
自分でも少しづつ翻訳をしたり。
勉強時間は残業したつもりでカフェでやったりしようかと考えています。
とにかく、5日の仕事が始まってからでないとなんとも言えませんが。
どちらにしてももう今年で50代。仕事を選べる年齢でもないので、そろそろ一生続けられることを始めないと、と思います。
捨てる神あれば拾う神あり、と思って前に進まないといけません。
ダイエットも頑張ろう。あと5キロ。とにかく今年は仕事も正念場なら自分自身も正念場です。

11月に

息子も予定ではあと半年で卒業。
社会人にもなれば、なかなか旅行にも付き合ってくれないだろうと思って、11月に上海旅行を企画しています。
初訪中以来、28年ぶりの上海です。当時はまだプートンあたりは開発がされていなかったと記憶していますし、国際空港は虹橋空港だけでした。
南京路と外灘、豫園くらいしか歩かず、よく覚えているのが和平飯店のコーヒーショップでコーヒーを飲んだことくらい。
なぜか上海大廈の建物が印象に残っています。

今回の第一の目的は巴金故居に行くこと。
それから、虹口あたりで魯迅や左聯ゆかりの地をみること。
フランス租界を散策すること。
外灘あたりの建物をみること。豫園を訪ねること。
二泊三日の最短期間の旅行ですが、なるべく効率よく回って、なおかつ北京のように一人でも行けるように土地の雰囲気を感じることが目的です。
そして少しは中国文学の世界に近づくこと。
仕事が軌道にのって、時間の自由ができたらまた勉強を進めたい。その準備の一環として、今回の旅行は存分に楽しみたいと思います。

お盆休み最終日

今日は父の新盆の法要。弟夫婦と私たち家族、母と5人で参詣しました。
最後のご住職のお説教が長すぎてみんな気が抜けた。漫然とダラダラと続くお話を聞くに及び、このお説教を我慢して聞けないのは自分に余裕がない証拠だと思うほど、どうかしていました。お昼を浜木綿という中華料理屋で食べて解散。

先日、お友達が懐かしい写真をあげていたので、私も真似てあげました。何かと言うと1989年の3月に行っていた北京留学の写真。
私は中央民族学院に行っていたのですが、その時の修了証と学生証・北京の街を闊歩するための定期。
この定期でバス・当時はトロリーバスもあったのですが、それから1号線しかなかった地下鉄を乗り回したものです。
今から地図を見ると、民族学院から王府井までかなりあるのですが、よく午後から行っていたな。今よりもずっと交通の便も悪かったのに。
一つの後悔は街の写真をもっと撮っておけばよかったということ。
中国なんて世界遺産の宝庫なのだから観光地で撮った写真などは今でもなんら変わりなし。
写っている人間が若かっただけとなってしまっていました。
あの国は街の変化が面白いのだから、本当に惜しいことをしました。当時の北京駅や首都空港。あぁ、当時に戻りたい。

お盆

お盆休みです。
我が社は、お盆休みは明確にないのですが、事務方である私はちゃんとお盆休みがいただけます。
11日から15日までなんですけれど、16日は親父の初盆で法事、19日はお墓まいりと出勤日にお休みをするので、14・15日は振替で出勤です。

休み初日は疲れが出たのか気がついたら10時までぐっすり寝ていました。
その後掃除をしたりして夜は友人と行きつけの居酒屋へ。
そして今日も午前中は朝ドラを眺めながらの掃除・洗濯。午後は実家で帳簿付け。
なにやらこの休みもこんな調子で終わりそうです。

でもジムには一度行きたい。明日は旦那も息子もそれぞれ出かけているのでスーパーに行きながらジムにもいって来ましょう。
それから電子書籍で読んでいる「坂の上の雲」も読み進めたい。
でも、本も良いけれど、少しは創造的な作業ができたらなぁ。ここ数年のワタシはなんとなく全てが受け身です。

久しぶりの投稿です。

本当に久しぶりの投稿です。
ネット上のおつきあいがSNSになり、ブログは全く書かなくなりましたし、ブログ巡回もしなくなって久しいです。
正直、フェイスブックやツイッターといったものの方が投稿も簡単です。
でも今回、PCを新しくしたので、久しぶりに自分のブログを覗いてみたところ懐かしい自分がそこにいました。
記録に残すということは大事なことなんだなぁ。
この場を放置して以降、ワタシを取り巻く環境も大きく変わっていることにも気づかされました。

巴金記念館の講演会に参加しました。

週末は東京。
一橋大学で行われた周立民氏講演会「中国現代作家博物館建設和運営現状ー以巴金故居為例」(中国近代作家博物館の創建と運営の現状―巴金旧宅記念館を例に」)に参加しました。

中国語での講演でしたが、主催された坂井先生が通訳をしてくださったので細かな内容まで拾うことができました。
巴金は2005年になくなったのですが、彼の上海の故居に手を入れて記念館として公開されています。
現在の記念館の運営状況と今後の展望、他の文学者の記念館などとの比較を交えて、話を聞きました。

巴金に限っていえば、彼は博物館の設立に大きな関心を持っていたとのこと。
彼が自分の柱としていた二つの博物館、「中国現代文学館」と「文革記念館」
中国現代文学館は完成しましたが(北京)文革記念館はいまだ設立されていません。

この関心は自分自身の資料の保管ということにも向けられ、領収書の一枚もおろそかにせず、手書き原稿、手紙など、ありとあらゆるものを保管していたので、それら資料の整理。そして彼の足跡や功績をまとめて、今後伝えていく役目もあるので、コンテンツの充実を記念館の二つの役割としてあげておられました。

ワタシは中国で見た記念館的なものは老舎の故居ですが、老舎が住んだ四合院に彼の私物を並べて、年表なんかがあった程度。
日本で同じ規模かなぁ、と思われるのは正岡子規の「子規庵」
イメージとしては展示して終わり、という感じです。
巴金の記念館は行ったことがないですが、スライドの写真や話を聞いた限りではそれと一線を画している印象。
たぶん、目指すところが違うのでしょう。
どちらが良い、というわけではありません。

あと、ちょっと疑問に思ったのは入場料の件。
今は国からの補助が受けられているのでやりたいことがやれている、ということでした。
でも、あくまで一般論ですが、お金ってもらっちゃったら、もれなく口出しされるような気がするので、うーん・・・という感想を持ちました。
確かに自前の入場料収入を柱にすると啓蒙活動とは別に営業活動というのも仕事に入ってくるので時間の制約なんか考えると、やっぱり正解なのかな、とも思います。
このあたりはワタシの感覚が大いに影響しているので、まぁ深く考えないでいいのかもしれません。

この講演会の後、先生と演者の周先生、院生の方お二人と食事をご一緒させていただきました。
もうね、会話は追っかけても追っかけても振り落とされる、という感覚。
途中でご飯に意識が行ったらそれでアウト。
わからない言葉にふと気を取られるとアウト、の連続。
聞き取れないのを前のめりになって追うものだから、途中で頭がつかれちゃって、ぼーっとなりました。
なにかしゃべれば?といわれても日本語でも口を挟めないくらいの速度で、ほんとうにやられました。

でも、すごーくよくわかった事がありました。
まず、おしゃべりはリズムだということ。
もともとワタシのしゃべりは日本語でもモタモタしているのですが、あのスピードとリズムに乗っからないと聞きたいことが聞き出せない(コミュニケーションという意味で)
リズムに乗っているときは、すごーく楽しそうだし会話の情報量も違うように思えました。
自分が(比較の問題なのですが)多少中国語の会話が出来るとしても、自分の狙った情報を聞き出すだけの能力はありません。なーんか綺麗事だけで終わる会話といったら良いのでしょうか。

それから、語学は自分の物にするのが大事ということ。
もちろん、正しく通じる中国語がマスターされている、という前提なのですが、自分の言葉で話す・・・なんだか母語でも難しそうですが、そうしないとコミュニケーションの取れる中国語とはいえないような気がしました。
で、語学を使って何かする、というのは、これくらいは出来ないといけないのだなぁと思いました。

さて、振りかえって私の今後ですが。
非常に難しいと言わざるを得ません。
こういうのはすごくおこがましいのですが、「プロってすげえ」(坂井先生、気を悪くされませんように)
中国語が上手で、もちろん仕事にしている人ともある程度かかわってきたつもりでしたが、こんな会話、聞いた事がありませんでした。
なんか、すごいもの見ちゃった。どうしよう。
ワタシもこうなりたいけど、今の環境ではたぶん無理。天井見えてますもん。
ちょっとやそっと勉強量増やしたところで、どうこうなるレベルではないし。
これは今後の課題・・・というか、どの程度まで近づけるか、という感じです。
具体策は・・・八方ふさがりで今のところ、どうもこうもありません。

先生方も院生の方も、あわあわしながら参加している私を気遣ってくださいました。
言葉もたどたどしい上に、知識・教養という点でもはるかに劣るワタシのことを笑いもせずに接してくださったのがうれしく、気持ちよく参加させていただきました。
ありがとうございました。

1942

今日は映画鑑賞でした。

电影《一九四二》高清完整版

1942年の中国河南省で起こった飢餓を描いたものです。
この映画の監督はフォン・シャオガン(馮小剛)。
作品の原作と出会ってから18年かけてようやく完成させた映画とのこと。

その飢餓に対してアメリカ人ジャーナリストの視点、当時の為政者であった蒋介石の姿勢を絡めつつ、飢餓から逃れようと大移動をする人々(3000万人!)の有様が描かれています。

飢餓から逃れるために主人公家族は一家でふるさとを離れるのですが、移動中に家族のすべてが離散、死亡してしまいます。
最終的に主人公はどうせ死ぬならふるさとに帰ろう、と一人で逆戻りするところで終わります。
最後の最後で同じように家族を亡くして独りぼっちになった女の子と共にふるさとへ歩みを進める、新しい家族を作るというエピソードがあるので「再生」という光が見えなくも無い・・・これが全編の中で唯一の救い。
本当に極限状態の人間を丹念に描いているので、見ていて本当につらくなる作品でした。

ワタシが見たのはユーチューブですが、中国語字幕付きだったので、細かいニュアンスまでは拾えたかどうか分かりませんが、ストーリーを追うのは比較的容易で、まぁ史実にもあることなので分かりやすかったです。
中国語に関して言えば、発音が普通語とはちょっと違っている気がしました。
方言でしょうか?ピンインはそうでもないのですが、四声が多少違って聞こえました。
それから「娘(ニャン)」という呼びかけがとても多く、それぞれ意味が違うように思えました。
「娘」はお母さんの意味もあるし、家族の世代間での呼びかけだったりするし、奥さんのことも。
今、文芸翻訳でやっている教材にも「娘」が出てきて、その時は「奥さん」の意味でした。
この「娘」は場面場面で誰を指すのかと思い、家族構成が(ワタシの理解力のなさもあって)良く分からない。
最後まで正しく理解していたかどうか(笑)
多分、こんなもん・・・と推測で理解しました。

「娘」に対応するのは「爹(ディエ:お父さん)」
最後に孤児になった女の子に「爹(ディエ)と呼んで。そうしたら一緒に行こう」と言い、女の子が「爹(ディエ)」と応えて一緒に歩き出すところで終わります。

久し振りに見た映画がめちゃくちゃ重かった。もうちょっと軽い娯楽映画にすればよかった。
その後で見つけた「Lovers(十面埋伏)」ちらっと見たけど金城武君かっこよかった。

翻訳教室途中経過

先月から文芸翻訳をインターネットクラスで受講しています。
残すところ、あと1回。4回コースなので、最初の1回は全編の4分の1を皆で訳する、という形態を取っていましたが、2回目から全体の8分の1づつになりました。(訳する文を担当分け)
結果的にこれくらいのボリュームが自分のペースにあっていて、満足しています。

長い間まともにやってこなかったこともありますし、辞書をなるべく丁寧に引くことを心がけたかったし。
さっと読んで意味を取っておしまい、だったらなにも高いお金を払う必要もなかった。
8分の1程度だと、ちょうどページにして2Pくらい。
自学自習の悪いところは自分のペースを自分で決められてしまうということ。
私は自分にアマアマですから、だんだん量が少なくなる~。
ちょっとがんばる、でもがんばり過ぎないという適量を自分で設定するのは大変難しいです。(←本業があるので)
その「ちょうど良い」の目安を決めるには、一回は客観的な目と強制的にやる環境に身をおくことが必要です。

しかも、語学は翻訳だけをやっていても力はつかない。
日中双方の訳、聴く力、話す力(発音)少なくともこの4種は平行してやる必要があります。
それらの配分を1週間で、と思うと2Pって決して少なくないのです(私にとって)
そして、時折今回のような短期のクラスを受講して独りよがりになりがちな部分を修正する、というのが現実的かなぁ。
受講料は決して安くないし。

今回自分で思ったのは、想像以上に日本語力が足りませんでした。
意味がわかると日本語にできるというのは全く別物で、まして中国の風俗にかかわる単語は日本語がないし。
その辺をもう少し埋める努力が必要です。
音読も久しぶりにやってみたら、30秒ほどのニュースをナチュラルスピードで読めるようになるまでに、だいぶ時間がかかりました。
音読して日本語訳して日訳したものを見ながら中訳。(中訳は一応の正解が必要なので原文を解とします)
結局はこれの積み重ねでしょう。

アクティブな勉強をすると自分に自信がつきます。
これは精神衛生上、非常に良い。日常生活にも良い影響があるように思われます。
ゴールのないものなので、「精神衛生上良い」くらいの気持ちで気楽に長く続けるのが良いでしょう。

プロフィール

piaopeng

Author:piaopeng

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
カテゴリー
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最近の記事
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。