11月に

息子も予定ではあと半年で卒業。
社会人にもなれば、なかなか旅行にも付き合ってくれないだろうと思って、11月に上海旅行を企画しています。
初訪中以来、28年ぶりの上海です。当時はまだプートンあたりは開発がされていなかったと記憶していますし、国際空港は虹橋空港だけでした。
南京路と外灘、豫園くらいしか歩かず、よく覚えているのが和平飯店のコーヒーショップでコーヒーを飲んだことくらい。
なぜか上海大廈の建物が印象に残っています。

今回の第一の目的は巴金故居に行くこと。
それから、虹口あたりで魯迅や左聯ゆかりの地をみること。
フランス租界を散策すること。
外灘あたりの建物をみること。豫園を訪ねること。
二泊三日の最短期間の旅行ですが、なるべく効率よく回って、なおかつ北京のように一人でも行けるように土地の雰囲気を感じることが目的です。
そして少しは中国文学の世界に近づくこと。
仕事が軌道にのって、時間の自由ができたらまた勉強を進めたい。その準備の一環として、今回の旅行は存分に楽しみたいと思います。
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お盆休み最終日

今日は父の新盆の法要。弟夫婦と私たち家族、母と5人で参詣しました。
最後のご住職のお説教が長すぎてみんな気が抜けた。漫然とダラダラと続くお話を聞くに及び、このお説教を我慢して聞けないのは自分に余裕がない証拠だと思うほど、どうかしていました。お昼を浜木綿という中華料理屋で食べて解散。

先日、お友達が懐かしい写真をあげていたので、私も真似てあげました。何かと言うと1989年の3月に行っていた北京留学の写真。
私は中央民族学院に行っていたのですが、その時の修了証と学生証・北京の街を闊歩するための定期。
この定期でバス・当時はトロリーバスもあったのですが、それから1号線しかなかった地下鉄を乗り回したものです。
今から地図を見ると、民族学院から王府井までかなりあるのですが、よく午後から行っていたな。今よりもずっと交通の便も悪かったのに。
一つの後悔は街の写真をもっと撮っておけばよかったということ。
中国なんて世界遺産の宝庫なのだから観光地で撮った写真などは今でもなんら変わりなし。
写っている人間が若かっただけとなってしまっていました。
あの国は街の変化が面白いのだから、本当に惜しいことをしました。当時の北京駅や首都空港。あぁ、当時に戻りたい。

お盆

お盆休みです。
我が社は、お盆休みは明確にないのですが、事務方である私はちゃんとお盆休みがいただけます。
11日から15日までなんですけれど、16日は親父の初盆で法事、19日はお墓まいりと出勤日にお休みをするので、14・15日は振替で出勤です。

休み初日は疲れが出たのか気がついたら10時までぐっすり寝ていました。
その後掃除をしたりして夜は友人と行きつけの居酒屋へ。
そして今日も午前中は朝ドラを眺めながらの掃除・洗濯。午後は実家で帳簿付け。
なにやらこの休みもこんな調子で終わりそうです。

でもジムには一度行きたい。明日は旦那も息子もそれぞれ出かけているのでスーパーに行きながらジムにもいって来ましょう。
それから電子書籍で読んでいる「坂の上の雲」も読み進めたい。
でも、本も良いけれど、少しは創造的な作業ができたらなぁ。ここ数年のワタシはなんとなく全てが受け身です。

久しぶりの投稿です。

本当に久しぶりの投稿です。
ネット上のおつきあいがSNSになり、ブログは全く書かなくなりましたし、ブログ巡回もしなくなって久しいです。
正直、フェイスブックやツイッターといったものの方が投稿も簡単です。
でも今回、PCを新しくしたので、久しぶりに自分のブログを覗いてみたところ懐かしい自分がそこにいました。
記録に残すということは大事なことなんだなぁ。
この場を放置して以降、ワタシを取り巻く環境も大きく変わっていることにも気づかされました。

巴金記念館の講演会に参加しました。

週末は東京。
一橋大学で行われた周立民氏講演会「中国現代作家博物館建設和運営現状ー以巴金故居為例」(中国近代作家博物館の創建と運営の現状―巴金旧宅記念館を例に」)に参加しました。

中国語での講演でしたが、主催された坂井先生が通訳をしてくださったので細かな内容まで拾うことができました。
巴金は2005年になくなったのですが、彼の上海の故居に手を入れて記念館として公開されています。
現在の記念館の運営状況と今後の展望、他の文学者の記念館などとの比較を交えて、話を聞きました。

巴金に限っていえば、彼は博物館の設立に大きな関心を持っていたとのこと。
彼が自分の柱としていた二つの博物館、「中国現代文学館」と「文革記念館」
中国現代文学館は完成しましたが(北京)文革記念館はいまだ設立されていません。

この関心は自分自身の資料の保管ということにも向けられ、領収書の一枚もおろそかにせず、手書き原稿、手紙など、ありとあらゆるものを保管していたので、それら資料の整理。そして彼の足跡や功績をまとめて、今後伝えていく役目もあるので、コンテンツの充実を記念館の二つの役割としてあげておられました。

ワタシは中国で見た記念館的なものは老舎の故居ですが、老舎が住んだ四合院に彼の私物を並べて、年表なんかがあった程度。
日本で同じ規模かなぁ、と思われるのは正岡子規の「子規庵」
イメージとしては展示して終わり、という感じです。
巴金の記念館は行ったことがないですが、スライドの写真や話を聞いた限りではそれと一線を画している印象。
たぶん、目指すところが違うのでしょう。
どちらが良い、というわけではありません。

あと、ちょっと疑問に思ったのは入場料の件。
今は国からの補助が受けられているのでやりたいことがやれている、ということでした。
でも、あくまで一般論ですが、お金ってもらっちゃったら、もれなく口出しされるような気がするので、うーん・・・という感想を持ちました。
確かに自前の入場料収入を柱にすると啓蒙活動とは別に営業活動というのも仕事に入ってくるので時間の制約なんか考えると、やっぱり正解なのかな、とも思います。
このあたりはワタシの感覚が大いに影響しているので、まぁ深く考えないでいいのかもしれません。

この講演会の後、先生と演者の周先生、院生の方お二人と食事をご一緒させていただきました。
もうね、会話は追っかけても追っかけても振り落とされる、という感覚。
途中でご飯に意識が行ったらそれでアウト。
わからない言葉にふと気を取られるとアウト、の連続。
聞き取れないのを前のめりになって追うものだから、途中で頭がつかれちゃって、ぼーっとなりました。
なにかしゃべれば?といわれても日本語でも口を挟めないくらいの速度で、ほんとうにやられました。

でも、すごーくよくわかった事がありました。
まず、おしゃべりはリズムだということ。
もともとワタシのしゃべりは日本語でもモタモタしているのですが、あのスピードとリズムに乗っからないと聞きたいことが聞き出せない(コミュニケーションという意味で)
リズムに乗っているときは、すごーく楽しそうだし会話の情報量も違うように思えました。
自分が(比較の問題なのですが)多少中国語の会話が出来るとしても、自分の狙った情報を聞き出すだけの能力はありません。なーんか綺麗事だけで終わる会話といったら良いのでしょうか。

それから、語学は自分の物にするのが大事ということ。
もちろん、正しく通じる中国語がマスターされている、という前提なのですが、自分の言葉で話す・・・なんだか母語でも難しそうですが、そうしないとコミュニケーションの取れる中国語とはいえないような気がしました。
で、語学を使って何かする、というのは、これくらいは出来ないといけないのだなぁと思いました。

さて、振りかえって私の今後ですが。
非常に難しいと言わざるを得ません。
こういうのはすごくおこがましいのですが、「プロってすげえ」(坂井先生、気を悪くされませんように)
中国語が上手で、もちろん仕事にしている人ともある程度かかわってきたつもりでしたが、こんな会話、聞いた事がありませんでした。
なんか、すごいもの見ちゃった。どうしよう。
ワタシもこうなりたいけど、今の環境ではたぶん無理。天井見えてますもん。
ちょっとやそっと勉強量増やしたところで、どうこうなるレベルではないし。
これは今後の課題・・・というか、どの程度まで近づけるか、という感じです。
具体策は・・・八方ふさがりで今のところ、どうもこうもありません。

先生方も院生の方も、あわあわしながら参加している私を気遣ってくださいました。
言葉もたどたどしい上に、知識・教養という点でもはるかに劣るワタシのことを笑いもせずに接してくださったのがうれしく、気持ちよく参加させていただきました。
ありがとうございました。

1942

今日は映画鑑賞でした。

电影《一九四二》高清完整版

1942年の中国河南省で起こった飢餓を描いたものです。
この映画の監督はフォン・シャオガン(馮小剛)。
作品の原作と出会ってから18年かけてようやく完成させた映画とのこと。

その飢餓に対してアメリカ人ジャーナリストの視点、当時の為政者であった蒋介石の姿勢を絡めつつ、飢餓から逃れようと大移動をする人々(3000万人!)の有様が描かれています。

飢餓から逃れるために主人公家族は一家でふるさとを離れるのですが、移動中に家族のすべてが離散、死亡してしまいます。
最終的に主人公はどうせ死ぬならふるさとに帰ろう、と一人で逆戻りするところで終わります。
最後の最後で同じように家族を亡くして独りぼっちになった女の子と共にふるさとへ歩みを進める、新しい家族を作るというエピソードがあるので「再生」という光が見えなくも無い・・・これが全編の中で唯一の救い。
本当に極限状態の人間を丹念に描いているので、見ていて本当につらくなる作品でした。

ワタシが見たのはユーチューブですが、中国語字幕付きだったので、細かいニュアンスまでは拾えたかどうか分かりませんが、ストーリーを追うのは比較的容易で、まぁ史実にもあることなので分かりやすかったです。
中国語に関して言えば、発音が普通語とはちょっと違っている気がしました。
方言でしょうか?ピンインはそうでもないのですが、四声が多少違って聞こえました。
それから「娘(ニャン)」という呼びかけがとても多く、それぞれ意味が違うように思えました。
「娘」はお母さんの意味もあるし、家族の世代間での呼びかけだったりするし、奥さんのことも。
今、文芸翻訳でやっている教材にも「娘」が出てきて、その時は「奥さん」の意味でした。
この「娘」は場面場面で誰を指すのかと思い、家族構成が(ワタシの理解力のなさもあって)良く分からない。
最後まで正しく理解していたかどうか(笑)
多分、こんなもん・・・と推測で理解しました。

「娘」に対応するのは「爹(ディエ:お父さん)」
最後に孤児になった女の子に「爹(ディエ)と呼んで。そうしたら一緒に行こう」と言い、女の子が「爹(ディエ)」と応えて一緒に歩き出すところで終わります。

久し振りに見た映画がめちゃくちゃ重かった。もうちょっと軽い娯楽映画にすればよかった。
その後で見つけた「Lovers(十面埋伏)」ちらっと見たけど金城武君かっこよかった。

翻訳教室途中経過

先月から文芸翻訳をインターネットクラスで受講しています。
残すところ、あと1回。4回コースなので、最初の1回は全編の4分の1を皆で訳する、という形態を取っていましたが、2回目から全体の8分の1づつになりました。(訳する文を担当分け)
結果的にこれくらいのボリュームが自分のペースにあっていて、満足しています。

長い間まともにやってこなかったこともありますし、辞書をなるべく丁寧に引くことを心がけたかったし。
さっと読んで意味を取っておしまい、だったらなにも高いお金を払う必要もなかった。
8分の1程度だと、ちょうどページにして2Pくらい。
自学自習の悪いところは自分のペースを自分で決められてしまうということ。
私は自分にアマアマですから、だんだん量が少なくなる~。
ちょっとがんばる、でもがんばり過ぎないという適量を自分で設定するのは大変難しいです。(←本業があるので)
その「ちょうど良い」の目安を決めるには、一回は客観的な目と強制的にやる環境に身をおくことが必要です。

しかも、語学は翻訳だけをやっていても力はつかない。
日中双方の訳、聴く力、話す力(発音)少なくともこの4種は平行してやる必要があります。
それらの配分を1週間で、と思うと2Pって決して少なくないのです(私にとって)
そして、時折今回のような短期のクラスを受講して独りよがりになりがちな部分を修正する、というのが現実的かなぁ。
受講料は決して安くないし。

今回自分で思ったのは、想像以上に日本語力が足りませんでした。
意味がわかると日本語にできるというのは全く別物で、まして中国の風俗にかかわる単語は日本語がないし。
その辺をもう少し埋める努力が必要です。
音読も久しぶりにやってみたら、30秒ほどのニュースをナチュラルスピードで読めるようになるまでに、だいぶ時間がかかりました。
音読して日本語訳して日訳したものを見ながら中訳。(中訳は一応の正解が必要なので原文を解とします)
結局はこれの積み重ねでしょう。

アクティブな勉強をすると自分に自信がつきます。
これは精神衛生上、非常に良い。日常生活にも良い影響があるように思われます。
ゴールのないものなので、「精神衛生上良い」くらいの気持ちで気楽に長く続けるのが良いでしょう。

こんな感じで。

勉強歴だけは長い中国語。
今年はこれまでお世話になった先生から離れて、新しい環境を求めることにしました。

つまるところ勉強した先に求めるものは何かな、ということなのですが。
改めて考えてみると、やっぱりホンヤクかなぁ。何度も自問自答していることなのであまり変わりません。

新しい環境・・・って、探すたびに思うけど、どれもこれも高い。
ある語学スクールはインターネットクラス(名古屋に中国語の翻訳だけを教えるところは有りません)でも通学と同じ額とるし。
あと、やはりブンガクと関係のあるものがやりたいなぁと思うと、これまた皆無・・・と思われましたが。
あった!4回コースで短編小説を翻訳するインターネットクラスが!

自分の欠点は飛ばし読み、推測読みが多いこと。
自分で楽しむだけだったら、(自分さえ良ければ)これでもまぁいいのですが、マジメにやるにはココを乗り越えなければ。
文法がガタガタなんだと思います。

そういえば講談社の辞書の3版がでて、買いなおしたのが2011年。もう3年も経つのに辞書が買ったばかりのような美しさを留めています。
電子辞書の頻度が高まったとか、iPadを使うようになったとか、いろいろ理由も無いでもないですが、やっぱり辞書引いてないんだなぁと思い、反省しています。

それにしても安価で勉強できる手段はないものかなぁ。
愛知大学の孔子学院もいいけど、仕事を持っている身では、なかなか時間が合わない。
民間の語学教室はいいところに当たったためしがない(当社比)

でも、今年は辞書を引くぞ。ここ数年、辞書も一新したんだから。

中国のキンドル本を購入するには?(結局ダメみたい)

【FBと記事のコピーです】

久し振りにAmazon中国で本を物色。3冊ほどピックアップして購入手続きをしたら送料が相変わらず莫迦みたいに高い!
本3冊の価格が1000円足らずなのに対して、送料が5000円くらい。
1冊2000円と思えば、こんなもんか、という気もしないでもないけれど、定価知っちゃうとな。
中国書籍を扱う他の本屋では取り扱い価格に既に中国からの送料もしくは手数料などを添加しているのか、やっぱり変わらない程度の価格設定になってました。

そういうわけで、次に考えたのは電子書籍での購入・・・だったんだけど、我がiPadにはダウンロードできません、ときた。
どうしたら買えるんだろう、と思ってグーグル先生に聞いてみました。
まず、キンドルのアプリを日本用と中国用とに分けなければならない(紐付けされるアカウントが違うため)
・・・が、iOSの仕様で1ユーザーでアカウントの違うアプリは入れられない(第一のハードル)
では、端末を変えて(キンドルかネクサスなど)Amazon中国のアカウントでアプリを入れることにしたら?・・・中国大陸、香港、マカオ、台湾、アメリカ、カナダ、タイに住所があるアカウントと利用できない(第二のハードル)

まぁ、そう頻繁に買うわけでもないとはいえ、残念。
大げさだけど、ネットにも国境があったか、と思った次第。
他の国のAmazonはどうなんでしょうね。例えばアメリカなんか。利用したことのある人、教えて。

《随想感》 日译本序

すこし内容が前後するが筑摩書房の日本語訳は日本語版への序文が冒頭に書かれていたので、本文に入る前にそれについて取り上げようと思う。

随想録5集の中の「真話集(第3集)」に77番目として入っている。
ここに挿入されているのは、筑摩書房から日本語版を出版したいとの話が出たタイミングが、随想録・探索集の2冊がすでに中国で出版済みであったことに理由があると思われる。
しかも最初は、日本の読者に向かっての序文については身体の具合が悪く、執筆が困難であるから遠慮したいとのことを翻訳を同意した手紙に述べたと書いている。

しかし、日本の読者に自分の意図が正しく伝わるかどうかを心配し、自分の心を取り出して見せることが必要であるとの結論に達し、序文を書くことにしたとしている。

これは私の単なる印象なのだけれど、自分の心を取り出して見せるために序文を書く、という発想自体が不思議な気がする。
なおかつ、自分の体調も万全でないときに一旦断った文章を改めて書くことにする、それを本集の1篇として組み入れることはあまり例の無いことと思われる。
思うに、日本語訳のため、と言いながら今後10年の大災厄を知らない時代の人にも宛てて書いているのではないかとも考えられる。

77番目の本編として組み入れたことはこの作品の編集上意味があったことなのかもしれないし、単なるタイミング的偶然かもしれないけれど、全編のほぼ真ん中あたりで改めて

「私は素手で文壇に乗り込んだのではない。作家にとってより大切な芸術的良心を持ってである。『随想録』は、とりもなおさず、その証人になることができる、と。」

このように表明することで、結果的にこの作品の位置づけを改めてはっきりさせたようにも思われる。
さらりと書いているように思うけれど、随想録について聞きかじった知識を総動員すると、この文章でもいくつか引っかかる部分は無いでもない。
思い込みに過ぎるかもしれないので、漠然としたまま持っていて、今後の楽しみとする。

今週、ちょいちょい調べている過程で見つかったのが、「巴金と読者」(河村昌子氏)の論説文。
CiNiiで公開されていました。

今更のように巴金全集の目録をまとめておいたほうがよさそうだ的な考えになって、全26集に何処に何が収録されているかを見てみようと。
最初はスマホのカメラで目次を写真に撮影して取り込んでいたのですが、なにせ26冊。
うんざりしてきたので、試しでネットで検索してみたら百度で見つかりました。
とりあえず、それをEvernoteに保管して覚えとすることにしました。
(購入時に自分で手書きでまとめたのですが、捨ててしまったかして、ありませんでした)
あぁ、本当に便利な道具が次々と出て来てくれました。

今回取り上げた日本版序文は全集17巻の序跋集に収録されているかと思って探したけれど無く。
そういえば「家」の場合は本文と同じ巻に全ての序が収録してあったことを思い出して、改めて随想録本編に戻ってみました。
そのときに、全集全てをひっくり返して序跋集が収録されている巻を探すと言う莫迦なことをしてしまいました。
(←準備は大切)
ただ、これも思い込みですが巴金というひとは序跋を非常に重視して作品に対する自分の考えを丁寧に書いている人という印象があるので、序跋集も資料として参考にしたい。
特に「家」の序は興味深く読みました。

さて、来週から本編に戻りたいと思います。

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